朝7時45分、三両目、前の扉

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 その子に気がついたのは、夏休みが終わった頃で、そういえば娘がつい二日前に新学期を迎えたよな、だからこんなに混んでるのかとムワッとする車内にイライラしていた時期だった。  それまでは、学生がいない分人を避けさえすれば車内を歩き回ることができる程度には空いていたのに、学生たちが乗り込んでくると一気に騒がしくなるし密度も濃くなる。  俺は毎回同じ時間の電車に乗り大概似たような場所に立つ。それは多分みんな同じなんだろうけど。  きっかけはなんだったか。  多分170cmに満たない身長と詰襟にはあまり似合わない可愛らしい顔つきだったか、それとも180cmをゆうに超えたブレザーの今風のイケメンを見る目だったか。  何年生なのかもわからないけど、その子はとても愛おしそうにブレザーの子を見ていた。  それは、とてもしあわせそうに。  あまりに近い距離だったから聞くともなしに聞こえる話し声は男の子にしては高く、それでいて耳障りのいい声で、反対に優しい落ち着いた声のブレザーの子と毎朝楽しそうに話していた。  俺の乗る駅から二つ目で二人揃って乗り込んできて、ブレザーの子が先に降りる。  その駅は進学校と呼ばれる高校の最寄り駅で、あぁ頭のいい子なんだな、できればうちの子達もソコへと思わせる学校だ。  その次の駅には女子校があり、娘の好きそうな制服で、行きたいと言っていて昨日も勉強を遅くまで頑張っていたなぁと受験生の娘に今日はお土産でも買って帰ろうと思う。  そしてその駅で乗り込んでくるのはここから三つ先の駅にある共学の高校で、女の子の制服は女子校の制服より少しだけデザインが古い気がする。男の子も詰襟だしな。  その高校に通っているであろう、詰襟の子が数人。  その数人の子はあの可愛らしい子と友達のようで、おはようと挨拶を交わした後プリントがどうとか、体育がどうのと話し込んで、和気あいあいと降りていく。  俺にもあんな時代があったよな、なんでこんなにおっさんになったんだろうとため息が出てしまう。  俺の生きてきた人生になんの悔いもないと言ったら嘘になるけど、そんなのも全部踏まえていい人生だと思ってる。  思ってるけど、若い子たちのキラキラした目は、あの時の俺の選択は正しかったのかと自問自答したくなる程で。
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