朝7時45分、三両目、前の扉

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「昨日のやつ、忘れんなよ?大事な公式だからな」 「うん、頑張る。まさ君ありがとうね。俺、今日の小テスト頑張るから」  そんな会話の端々にさと君のキラキラした顔はさと君の頭より上にあるまさ君の顔を下から覗き込む度にふわっと優しく微笑む。  時折顔を赤らめてふふって笑いながら、なんとも初々しい恋心を全身で表現していた。  「同性だから言えない」とは思えないほどあからさまに、でも同性じゃなくても持つ「嫌われたくない」という感情のまま、多分秘めてるはずのさと君の思いはこの車内で数人は暖かく見守っていると思う。  さと君の醸し出す雰囲気にいたたまれず視線を逸らすと、必ず誰かと目が合い、お互いに笑顔とも苦笑とも言えない顔で笑いあってしまうから。  まさ君の降りる駅が近づくと、寂しそうな顔を隠すように俯いてしまうさと君は、まさ君の「じゃあな、頑張れよ」の言葉に顔を上げてニッコリ笑う。そうするとまさ君が頭をぽんぽんと叩いて、いってきますと降りていく。  さと君は嬉しそうに手を振って、今日も一日頑張る、と気合いを入れる。  微笑ましい姿に俺も笑ってしまう。  そして次の駅で乗り込んでくる子たちの騒がしさに更に笑ってしまうのは、俺だけじゃない。  『こうた』君は多分、さと君が好きなのだ。そしてそれは一緒に乗り込んでくる子達には周知の事実のようで、お互いに挨拶をして少し話した後、二人からある程度の距離をとる。  これは俺たちの時にはなかった光景で、気持ち悪いと遠巻きにするんじゃなく、あえて二人にしてるのだと気づいたのは、ある日降りる時に離れた子の一人が肘でクイクイとこうた君をつついたから。  その顔が、良かったな と言っていて、今は隠すような時代じゃないんだと改めて気づいた瞬間でもあった。  友人が「昔ほど生き辛くはないよ」と言っていた意味を理解したのもこの時だ。
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