朝7時45分、三両目、前の扉

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 一度だけ一緒に乗ってきたあの女の子は、それ以降見ることはなかった。まさ君も。  あの子たちが何をしたのか、ここにいる大人たちの全くあずかり知らぬところだけど、友だち思いの子たちだから、きっと誠心誠意説得したのだろう。  あの日からさと君は、一人で電車に乗り数駅先から乗り込んでくる、友人たちと一緒に登校していた。ずっと沈んだ顔で。  毎晩泣いているのか、目元は赤く腫れていて、さと君がどれだけまさ君を好きだったのか傍目にもわかるほどだった。  それが今朝、さと君が乗った次の駅でこうた君が乗ってきた。  さと君も知らなかったようで、驚いていたのを見たこうた君が、いたずらっ子の表情で「おばさん家に居候することにしたんだ」と頭をかいていた。 「だって・・・遠くなるじゃん」  驚いた顔のままさと君が言えば「さと と一緒にいたいんだって」と照れた顔で言う。  まさに青春そのもので、見てるこっちが恥ずかしくなるわ と叫びたくなったけど、あの時率先してお金を出した女性が、聖母のような顔で二人を見ていた。  その手が何故か体の横でグッと握りしめられ「yes」と小さな声で言っていたのは、多分俺の知らない世界。  妻の友人にも何人かいた、BとかLとかいうやつに嵌っている人だろう。  その女性のことは気にしないように、見なかったことにしていると、いつもこうた君が乗り込んでくる駅に着く。 「あー!!こうた、やっぱりかあ!!!」  一気に騒がしくなる車内は、本当ならため息や舌打ちで雰囲気が悪くなるはずなのに、どうも父兄のような気分なのか、しょうがないな とくすくす笑う程度で終わる。  そんな風に許してはいけないし、これを普通だと思ってしまったらこの子たちは社会人になった時困るだろうなとも思うけど。  恋と差別で傷ついた一人の子を、その温かい気持ちで慰めるためなのだろうと思えば、そりゃあどっちが大切かって聞かれれば、ねえ。  大人としては注意するべきなのかもしれないし、多分この子たちじゃなければ空咳の一つや二つ、舌打ちの三つや四つ出ても不思議じゃないのに。
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