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「いつまで待てばよいのだ」リリス=ブライスは苛立っていた。
エルロン領内を横断し、ガホールの港にやっと辿り着いてすでに一週間が経つ。
エルロンに入った途端、最初の宿場町で「フラシアとの国境が閉鎖された」という情報が入り、ムールの町の交渉屋ロンから得た情報が証明されたことになった。
その結果、このガホールまで来たのである。
ここに来るまでに起きたトラブルは一つや二つではなかった。
どんな格好をしても、リリスの姿は決して美男美女が多いとは言えないこのエルロン領内においては美しく目立ち、男女に関わらず道行く人々によく振り返られた。ある時などたまたま行き会った隊商の主人(これがまた大金持ちだったのだが)に「是非に妻に」と持ちかけられ、その隊商に数日間望まぬ随行をされ、断るのに苦労したほどである。
それだけではない。もともとエルロンの民は退廃的、というか自らの快楽に非常に貪欲であり、こと夜についてはどこの町にいっても娼館には事欠かなく、娼婦や男娼が立派な職業として認知されているほどである。一泊した宿の主人に「(リリスを)幾らで売る?」と持ちかけられたグランツは、危うくその主人を切り捨てかけた。
とにかくリリスの美しい姿はこのエルロン領内では行き会う人々の羨望と欲望の対象となり、常にトラブルの元だった。
ナイやブリアトーレの魔の手が伸びてこなかったのは幸いだったが、そういうわけでこのガホールに着いた時にはリリスは精神的に疲れ切っていた。リリスにして見れば自分はたまたま今現在女の姿をしてはいるが「中身」は男であった(少なくとも自分ではそう思っている)ので、男に言い寄られるのは相当に気分悪く、疲れる原因であった。
そのためガホールに着いてからというもの、リリスはほとんど外を出歩くことはしなかった。
「この際でございます、少しゆっくりと身体をお休めになれば良いではありませぬか」
「もうそのセリフも聞き飽きた・・・その『かもめ号』なる船、本当にやってくるのだろうな」
ガホールの港に着いて真っ先にしたことは、西へ行く船を探すことであった。が、ルーンが港の情報屋から仕入れてきた情報では、西方は航路が整備されておらず、現在西方へ定期的に行っている船は「かもめ号」という商船のみ、それもクウよりはかなり手前のガビー迄しか行かぬということだった。
「かもめ号」は予定通りならば現在そのガビーからの帰路についているはずで、あと五日ほどで戻るはずだいうのがその情報屋の話だった。
しかし、すでに一週間である。その間の成果と言えば、大まかだがエストリアからクウまでが含まれた地図が手には入ったことぐらいである。
船乗りたちは、「船が一週間や十日遅れるのは当たり前」だそうで全然気にはしておらぬようだったが、リリスたち一行には大いに気になっていた。
「だいたいガビーからこのガホールまで何日間かかるのだ」
「話によればおおむね一週間から十日ほどと」
「フラシアを突っ切って進んでも約一月・・・急げば二十日・・・変わらぬではないか」
ここがグランツとルーンの悩みの種である。とにかく先を急ぎすぎるリリスに対してどうリリスを休ませるか・・・リリスの身体はやはり女なのである。体力的に男より劣るのは否めない。よって彼らにとってみればこの一週間は非常にラッキーだった。
クウまで行って、元の姿に戻ったあとどうするのか・・・そのほうが彼らにとってはむしろ気になった。いまのリリスは、とにかくハストル師に会うことのみを考えているのか、先の話はない。その先のことをこそ、頭を冷やして考えて欲しいのだ。
もし万が一、王位継承権を主張して兵を挙げたはいいものの、国民から「反逆者」とみなされたら・・・
彼らの悩みは尽きなかった。
「ではいっそのこと、船自体を借りてしまわれるのはどうです」グランツが提案した。
「あてでもあるのか」
「は、昨日の晩酒場で面白い男に会いまして・・・そやつの持っている船が少し小振りではありますが交渉次第で西へ向かってもいいそうで」
「さすがはグランツ、だてに飲み歩いてはおらんな」ルーンがあわせた。
「そうか、その男に会おう。グランツ、当たりを付けてきてくれ」
「は、かしこまりました」
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