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ふっと、握っていた手を開いた。
かすかに痛みを感じて。
激しい怒りとともに押し倒した椅子が足に勢い良くのしかかっても、自分で自分の髪を引っ張ったり腕をたたいたり頬をつねっても、痛みと一緒にあったのは鋭い悲しみと自分への情けなさ、くやしさ、怒りだけ。
単純に痛い、だけではなくて、ありとあらゆる負の感情がそこにあった。
でも今度の痛みは、それらとはなんとなく違うようで、開いてみたら血がにじんでいた。
ただひたすら泣き続け、荒れ続け、髪の手入れや着替えだけでなく爪切りも忘れた私の爪は、もう随分長くなっていた。
その爪の先が、ぼんやりと赤くなっている。
手を握りすぎて、爪が掌に食い込んだらしい。
切り傷がついた掌を、右の手のひらを見ていたら、遠くに電車の音が聞こえた。
線路を揺らす、悪夢のようなあの音。
迫ってくる車体。
窓に映る運転手の焦った顔、大きなタイヤ、頭にガンと響く汽笛と電車が走る音。
______あっちゃん!
世界の果てから、その声が私に届いた気がした。
スローモーションのように落ちかけていた私の体が宙に浮き、駅のホームに転がる。
代わりに線路の上へ、止まりたくても止まれない電車の前へと落ちていく、それはよく知っている人なのに、ずっとずっと遠いところにいる、全然知らない人に思えた。
悲鳴。
真っ白になる世界。
地面についた手の上に、涙が落ちて濡れた。
服、頬、まつ毛……顔じゅうが、なにもかもが濡れた。
宙にフワフワ浮いているような感覚、私以外誰もいないような感覚。
かすむ視界。
ガラガラの耳に、初めて届いたのはどよめきだった。
「______ッ!」
掌の上によみがえる、いろんな記憶。
いつの間にか涙があふれ、私はその場から駆け出した。
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