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第二十連鎖(第一連鎖) 「サイゴノ夜想祭」
一学期の最終日、ピクは夏休みの課題をドット絵に決めた。
体育祭の時の集合写真が余りに素敵だったからである。
だが彼の本当の目的は、クラスのアイドルの写真を持ち帰る為だった。
彼女の写真を夏休みの間中ずっと、自分の部屋に飾りたかったのだ。
その集合写真の中の皆は笑顔で、理想的なクラスに見える。
センターは本物のアイドルになれるかも知れないとワクワクしていた。
或るグループのオーディションの最終選考にまで残っていたのだ。
最終テストは夏休み中に開催される。
彼女は新学期には、アイドルとして登校したかった。
太腿を叩きながらダイエットをどうしようか悩んでいる。
ピクとセンターの遺体の下半身は地下駐車場で発見された。
河川の氾濫により濁流に呑み込まれたエレベーター内で。
不思議な事に団地の清掃係員の墜落死した遺体と一緒にである。
彼等の遺体は濁流によって検死結果を難しくさせていた。
続いて屋上ホールで見付かった上半身の切断遺体、警察は困惑した。
彼等の死亡推定時刻の検死結果が数時間前だったからである。
まるで死んでいる事に気付かなかったかの様な遺体。
もっと警察を困惑させたのが、腕を握ったままの状態での事故死。
全く事故の状況が掴めず特定するのが困難であった。
だがそれは一部の関係者のみの署内秘となる。
まるで…心中の様であった。
台風が、温帯低気圧に姿を変えながら通り過ぎていった夜半過ぎ。
事故により脱線し、台風の脅威により復旧が遅れていた列車が復旧した。
これで閉鎖、隔離されていた様なこの地域に日常が戻るのである。
だが当の日常は復旧出来る程度の被害で済んでいるのだろうか?
その点については多くの地域住人が否定的であった。
今回の一連の騒動は、時が立つに連れて拡大していくのでは…。
未だに事件の全貌が見えていない。
例え全体像が掴めたとしても、その流れを止められたのだろうか。
河川が氾濫して濁流が流れ込んできた時の様に。
それが自然だとしたら、ただ脅威に感じて眺めるだけしか出来ないのでは。
それが運命と呼ばれているものの正体なのではないのだろうか。
だとすれば人間が出来る事には、余りにも限界が在る。
そしてそれは人間それ自体には知らされる事が無い。
寺社と公園の間の小さな森に、最近住みついた犬がいた。
リードに書かれていた名前はポジ。
その森は地域住民からは秘密の森と呼ばれていた。
寺社の氏子の墓が沢山残っている為に、子供を入らせない為である。
畏怖の念を持たせて、遊び場にしない様にするのが目的。
ポジは雨天の時は寺社の境内の下に潜り込んで雨を凌いだ。
お腹が空くと、お供え物が在る墓地に出掛けていく。
食べ物の前で自分でオアズケの態勢で待っている。
すると姿は見えないけれど声が聞こえてくるのであった。
「…ヨシ、モウ食ベテモイイヨ。」
皆が優しいので、ポジは飢える事は無かった。
だけどネガの呼ぶ声が聞こえなくなって、かなりの時間が経つ。
パパもママも自分の名前を呼んでくれなくなった。
きっと親子水入らずで何処かに出掛けているに違いない。
旅行、…ってやつだ。
少し寂しいけれど、待っているしかない。
いや、沢山寂しいけれど待ち続けるしかないじゃないか。
…ポジは誰にも知られないが、忠犬となっている。
境内の床下の雨が届かない場所に、ネガの財布を埋めて隠した。
その財布の中に一枚の写真が入れられたままである。
彼女と両親、そしてポジ。
皆が笑っていた、…懐かしい笑顔で。
台風一過の被害状況の報道の合間に、この地域のニュースも挟まれた。
自殺した少年に連動した様に、次々と関係者が亡くなっていく。
そしてその輪は拡大されて、故人が増える一方なのであった。
その一連の騒動をまとめた中でも特に有名なサイト。
それが再び更新される様になっていた。
情報が再び集約、整理され始めたのである。
初代の運営者が雑誌編集長でデスクと名乗っていた。
デスクが行方不明になったとかの理由で二代目に運営が交代。
彼はライターと名乗り、ネームからは想像も出来ない記事を載せた。
その二人共に大型台風による河川の氾濫によって溺死する。
このサイトを一躍有名にしてしまう宣伝効果となってしまう。
それを受けて三代目が編集を始める、彼のネームは小学生であった。
彼はサイトの名前を変更したのである。
…バタフライエフェクト。
最初の記事はカオス理論を引用して書かれていた。
彼の正体についても、少なからず話題になる。
国会議員宅の強盗殺人も犯人同士の殺し合いで決着したのである。
何も盗られた形跡が無かった為であった。
犯人の動機も共犯者との接点も、全て証拠が揃っていたのだから。
ニュースとしては小粒で、大して時間も割かれる事は無かった。
そのニュースを見ていた婦警は安心する。
そして殺人犯の喉を切り裂いた時の感覚を思い出していた。
彼女は自分自身が恐ろしくなっていく。
…ワタシハ、ヒトゴロシ。
まとめサイトの次の更新は、マルサスの「人口論」が引用された。
等比数列と等差数列の差異の問題解決の糸口について。
人類が人類を滅ぼす様に予めプログラミングされている。
だがその事実について人類自身が無自覚な為に制限が設けられない。
個体数の増加によるストレスは、特に都市部で顕著な筈である。
疑似空間の拡大で、その数値は緩和される筈であるが…。
肉体から分離した精神的個体が残留する事により変化が起こる。
二層からなる人口が、より個体の増加になってしまったのだ。
だがそれも、人類にプログラミングされていた事なら…。
それが起動した時から肉体と精神の個体内戦争が開始されてしまう。
…自殺か、…自滅か。
この台風によって続いていた夏休みにも、終わる時がきた様だ。
明日からの新学期における、学校再開の連絡が通達された。
だが父兄の間では説明を求める声が大きくなっている。
マスコミも濁流の様に流れ込んでくるに違いない。
生徒児童から多くの自殺者を出した挙句、学校での射殺事故。
担任とその両親の自殺、生徒の父親の殺人と自殺。
校長の自殺と教頭の錯乱からの事故死。
もう何処から手を付ければ良いのかさえ、全く想像出来なかった。
実際、現実は想像を遥かに超えていたのだから。
全く手に負えない。
身内を亡くして残された女性達は皆、生花店で黒薔薇を買っていく。
もはや店員も一連の騒動に気付き、質問も控えていた。
しかし売り上げるので、黒薔薇の仕入れ量は減る事が無かった。
黒薔薇は香りが強く、その匂いは店の中で強く主張している。
それは甘美な匂いであった。
とても恍惚とさせられる…、まるで快楽の様な匂いでもある。
その花の色から不吉な死を連想される事が多い品種なのだ。
だが寧ろ死を連想させるのは、その強い香りではないだろうか。
まるで心の中に咲いた、殺意の象徴の様でもある。
黒薔薇には多くの花言葉が存在している。
その一つが、…恨み。
まとめサイトが小学生によって再び更新された。
アクセス数も極端に増加している。
読者も、情報量と独自の推論で信頼していると言っても過言じゃない。
今回の更新されたトピックのタイトルは「カルネアデスの舟板」。
緊急避難に関する刑法第37条を引用していた。
地球それ自体を、この現実世界それ自体を舟板に見立てて。
人類は緊急避難させられている、人類と人類亜種とで。
滅ぼされた方が絶滅し、滅ぼした方がポスト人類となる。
では各々の立場を選択させられるのは…。
そして一方が残ったとして、その審判は誰が下すのだろうか。
勝てば官軍なのだったら、手段を択ばない只の共喰いでしかない。
それは肉体よりも、魂の共喰いである。
この一連の騒動を始動させた第一発見者の青年は部屋を出た。
食料の調達以外の久し振りの外出である。
大型台風も去り、やっと夏休みも終わりを告げるからだ。
彼の魂は既に死んでいた。
残る肉体が魂に追い付けば、死の完成形となる。
青年はエレベーターに乗ってRボタンを押す。
隣のエレベーターには使用禁止の張り紙が貼られていた。
屋上に登って台風一過の町を見下ろし、見渡してみる。
河川の氾濫により、濁流の床上浸水にあった家屋は悲惨な状況であった。
それは屋上からでも充分に見て取れたのである。
あの平和な日常は何処に行ってしまったのだろうか…?
樹々は強風によって薙ぎ倒され、家屋はツギハギとなる。
道路は泥となり、河川敷には多くの水溜まりが残った。
泥水に浸かってしまった車は壊れて放置されっ放しである。
支流の水位が上昇しつつあっても、彼は入水自殺出来なかった。
もちろん今、屋上から飛び降りるなんて出来る訳が無い。
彼は苦しみ続けていて、この苦痛から解放されたくて仕方が無かった。
青年は部屋へ戻ろうと下降のボタンを押して待つ事にする。
隣のエレベーターの使用禁止の紙を見てニュースを思い出した。
地下で都合3人もの遺体が発見されたのである。
ただその異常な状況について警察は黙ったままであった。
科学的根拠の無い、裏付けも取れない事に関しては話さない。
エレベーターが屋上ホールに到着した。
ドアが開いて、青年は乗り込んだ。
1階のボタンを押すと同時にドアが閉まり始める。
そこへ女性が滑り込む様に乗り込んできた。
擦れ違いに屋上へ黒い薔薇を持ってきた女性であった。
彼女がギリギリ入れたので、エレベーターは下降し始める。
その時、青年は閉まるドアの外に子供が見えた気がした。
青年は降り始めたエレベーターの強化ガラスのドアの外を眺める。
…その時、彼の背中に突然衝撃が走った。
それは直ぐに激痛となり全身に拡がっていったのである。
後から乗り込んできた女性が、背後から彼を刃物で刺していた。
それは背中から胸を突き抜ける程の刃である。
彼自身には何が起きているのか理解出来なかったのだ。
彼の足元には、背中からの血と吐血で血溜まりが出来ていた。
…その時である。
エレベーター内に聴き覚えの在るメロディが鳴り響いた。
それは彼が忘れたくても忘れられない着信音である。
その音を探している内に、少年の自殺遺体を見付けてしまったのだから。
全てを始めてしまったメロディであった。
下降していくエレベーターからフロアが見える。
それはスローモーションの如くに時間の流れが遅くなっているかの様。
彼は、その景色の中に少年を見た。
あの少年は携帯電話を母親に掛けて耳に近付けている。
その着信音がエレベーター内に聴こえているのだ。
青年は彼を刺殺しようとしているのが少年の母親だと理解した。
彼は、彼自身を刺したままの彼女に尋ねる。
「…この曲は…、…何て名前…なのですか…?」
下降を続けるエレベーターの外に、再び少年が見えた。
まるで各階に存在しているかの如く。
少年は口を動かしていて、彼に何かを話し掛けている様である。
その声だけがメロディの合間に微かに聞こえた。
「…サイゴノ、…夜想祭。」
青年は、その曲名を繰り返し呟いてみた。
だが吐血で、ちゃんとした言葉にならない。
「…最後の…、…最期の…。」
青年は意識を失うのと同時に、最後の言葉を絞り出した。
それは彼の最期の言葉でもあったのだ。
「…夜想祭。」
1階に到着するとエレベーターのドアは開いた。
それと同時に青年はホールの床に倒れ込んだ。
その彼の身体を起点にして、紅い染みが拡がっていく。
「…、…。」
彼は床に倒れたままで胎児の様な態勢となった。
少しだけ蠢いていたのだが、やがて動かなくなってしまう。
彼は望んでいた様に、苦しみから解放された。
青年を刺殺した母親は、再びRボタンを押す。
彼女の最愛の息子と再会する為に、再び屋上へと昇って行ったのである。
小学生と名乗る書き手が、サイトの更新の準備をしていた。
それは最後の更新になる予定である。
何故なら、彼は自分自身で結論を導き出したのだ。
全ては自殺した少年から始まっている。
そして第一発見者の青年が、このシステムを作動させた。
その効果は絶大で、被害は甚大である。
大型台風の影に隠れて目立たないが、破壊力では勝っていた。
全ての要素は連動している。
少年は、その結論でサイトの更新を締め括った。
そして個人的な準備を始める。
彼の身分はハンドルネームと同じ、小学生。
そして自殺した少年と同様に酷いイジメの被害者である。
そのイジメは現在も継続中であった。
彼はカッターを取り出して刃を出し始める。
その音が部屋に響いていた。
ちきちきちきちき…。
小学生は憎しみを込めて自分の額に名前を刻み始めた。
自分をイジメている相手の名字である。
鏡を見ながら呟く。
「これでインスタもツイッターもバズるの間違いないな…。」
彼は名前を刻み終えると、スマホで自撮りを始めた。
その姿は、とても楽しそうに見える。
数時間後に首つり自殺で発見される本人とは思えない。
…また再び、呪いのドミノは倒された。
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