あの日の君に

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成人するかしないかの頃から、移動と言えば専ら車になってしまって、電車を使うのは久し振りだった。停めるところがないから、出来れば車以外で来て欲しいと言われた法事の帰り。 その出来事のすぐ後くらいがちょうど乗らなくなった辺りだからだろうか。もう何年も前なのに、こうして電車に乗る度に、思い出してしまう事がある。 大事だった人がいた。 本格的に寒くなってきた頃だった。三年間使い倒してよれよれになった制服では防寒にもなりはしないと愚痴りながら、いつもと同じ時間の電車に二人滑り込む。 会話が途切れて沈黙が下りると、彼は車窓の外で流れていく風景を眺めていた。こちらからは表情を伺えず、見えるのは少し色素の薄い髪ばかりだったのをよく覚えている。 『リョージ』 『別れよ』 ナツメがそう切り出したのは、おれが降りる予定の駅に、あとほんの少しで着こうかと言うその時だった。 『オレらは、今日で終わりにしよう』 到着のアナウンスが流れる。答えを探して黙り込んだおれの肩を、ナツメがとんと押した。開いたドアのすぐ近くに立っていたから、簡単に押し出される。 なつめ、と唇だけで呼ぶと、ナツメの口は「またあしたな」と動いた。おれがもうナツメのものじゃない明日。ナツメがおれのものじゃなくなる明日。 反射的に戻ろうとして、プシューと閉まったドアに阻まれる。立ち尽くしたおれを尻目に、電車はナツメを連れ去っていった。 その後の卒業までのほんの数ヶ月は、ただの友達として過ごした。恋人だった時間も、あの別れの言葉すらも、まるごとなかったかのように。卒業以降にナツメと直接関わりを持つことはなかったが、共通の友人から伝え聞く話によると、元気にしているらしい。 正しい選択だったのかは分からない。ただ、今おれはそれなりに幸せな人生を送っているし、ナツメの方もそうであるなら、間違いという訳ではなかったんだと思う。 ただ、ひとつだけ。もしもあの日に戻れるのだとしたら。 おれも「また明日な」って返したのにと、それだけを心残りに思う。
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