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「そう言えば、シンクの裏側から水が漏れているのを見つけちゃって」
妻は私の腕を掴む。
私は妻に連れられるまま、キッチンに入った。
キッチンが見違える程に綺麗に清掃されて整頓していた。
どちらかと言うと、妻は綺麗に使うほうだが、ここまで綺麗になっているのは初めて見た。
「本当に、どうしたんだよ」
私は、妻のこの変わりように呆気にとられていた。
「へへん、綺麗にしてみました!」
妻が両手を腰にちょんを置いて胸を張る。
「あなたもちゃんと覚えておいてよね、ここにフライパン、ここに食器、ここに調味料に油、ここには根野菜などがあるからね」
「あ、ああ…」
「それでね、ここから水が漏っているの」
私は屈んでシンクの裏側を見上げた。
シンクをとめているパッキンが長年の水により腐食し、そこから漏れていた。
「これは、水道屋さんに言わないと直せないな」
私が上体を起こすと、妻は、私の顔を覗き込んできた。
妻は上目遣いでにこにこと笑みを溢している。
「な、なんだよ、さっきから!」
私は驚きから苛立ちが沸き起こる。
「好きなだけだよ。だから見ているの」
妻はそう言うと私に抱きついてきた。
妻から私に抱擁するのは何年ぶりだろうか。
「あなたは格好いいよ」
妻が私を格好いいなんて言葉を一度も口に出すことはなかった。
何かがおかしい。
リビングに行くと、ここも異常な程までに清掃されていた。
「タオルとかはここで、救急道具はここだからね」
確かに、この家は妻が知っていて、私が知らないことがたくさんある。
これまで、私は仕事に、妻が家事を役目として生活してきた。
唐突もない変わりように私は妻の浮気を疑った。
今まで一度もその素振りはなかったし、今も浮気しているとは思えない。
しかし、この違和感から苛立ちと不安が私を追い詰める。
私が今まで家のことをほったらかしにしてきたせいか?
私だって若い女性に言い寄られて、気持ちが浮ついたこともあったが、浮気はしていない。
食卓に料理が整うと、それはもうご馳走で、出来合いの総菜品がひとつもない。
「いただきます」
妻が手を合わせて言う。
「いい加減にしてくれ!」
私は、浮気をしているのではないかという不安に怒鳴った。
妻は驚いて固まる。
「ごめん」
私はもごっと言い、立ち上がると、夕食を食べずに自室へ入った。
どうして浮気なんて。
いや、浮気をしたのか?
明日になれば元に戻る?
そのような思いが頭に巡っていると、いつの間にか、眠っていた。
ふと目を覚ますと、夜中の3時だった。
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