妻が急に優しくなった

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リビングへ行くと、明かりが灯っていた。 妻がリビングで何やらしている。 「まだ起きていたのか」 私は冷蔵庫を開けて水を取り出す。 冷蔵庫には先程の夕飯、二人分の料理が残っていた。 「夕飯の時はごめん」 私は妻の前に座って言った。 「いいよ、全然、気にしていないよ」 妻は返す。 妻は手元で毛糸を編んでいた。 「編み物なんてしたことあったっけ」 私は妻に言う。 「ないよ、でも、本買ってきたから、たぶん作れる」 まだ折れ目がついていない新品の本を両膝で踏んで挟み、見開いている。 「もう夜遅いから、早く寝なよ」 私は妻に言うと自室へ戻った。 ふと自室にタオルケットが畳んである。 妻が洗ってくれたのだろう。 私はタオルケットを持って、リビングに行き、妻に羽織らせる。 「ありがとう」 妻は微笑んで、頬でタオルケットの温もりを感じている。 「おやすみ」 私が言うと、妻も返した。  朝目覚めると、妻はリビングで毛糸を持ちながら寝ていた。 妻の寝顔に朝日の白い光が当たっている。 その瞳には一滴の小さな涙がきらりと光っている。 「あ、おはよう」 私に気がついた妻は目を擦り、背を伸ばした。 「ここで寝たら風邪ひくぞ」 「うん、ありがとう、心配してくれて」 妻はちょこんと頭を下げる。 「やはり、昨日から何だか変だぞ?」 「ありがとうと思ったからありがとうなんだよ?」 妻はゆっくりと立ち上がると、私に近づいて抱擁してきた。 私は両腕を妻の腰に回して抱き合う。 妻は浮気しているのだろうか。 それを聞く間もなく、出勤時間が迫る。 準備をして自室から出ると、リビングに朝食が並んでいた。 朝食を作ってくれるのも今までなかった。 私は、昨晩からの妻の行動の変化が続き、不思議と驚かなくなっていた。 元々、妻は朝が苦手なので、私が出勤する寸前で目を覚ますのが日常だった。 普段は、起きてきた寝ぼけ眼の妻に玄関で「おはよう」と言うだけだった。 「ありがとう」 私は疑念を上手く隠せぬまま朝食をいただき、「行ってきます」と声をかけて玄関を出た。 ふぁ!? 車庫に私の車しかない。 慌てて私は家に入る。 「私の車しかないぞ!」 私は動揺している。 妻は静かな足音で玄関まで来る。 「うん、知っているよ、昨日、売ってきちゃった」 ふぁ!? 開いた口が塞がらないとはこういうことなのだろう。 沈黙が続く。 「これにはね、理由があるの、あなたが帰ってきたら話すね、もうお仕事でしょ、行ってらっしゃい」 妻が視線を下げて言う。 「あ、ああ…。わかった、行ってきます」 「行ってらっしゃい」 私はいつもこうだ。 本当なら、妻としっかりと向き合って話さなければいけない。 なのに、忙しいから、もう仕事だからと、妻と向き合うことしない。 時々、見せる妻の悲しげな表情も気が付いていた。 先程も目線を下げて寂しさを我慢しているように見えた。 仕事と妻のどちらが大切か。 そのようなこと、考えなくても、はっきりとしている。 妻だ。 しかし、私はそう思いながらもアクセルを踏んで会社へ向かっている。 もし、会社に遅刻するならば、私が嫌な思いをする。 しかし、私が、ろくに妻の話を聞かないことに、妻は嫌な思いをしている? いいや、私は妻に真実を聞くのが怖いのかもしれない。 通勤中の車内で何度も車を売却した理由を考えてみたが、検討もつかなかった。 ふと我に返ると速度超過していて、アクセルを緩める。
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