妻が急に優しくなった

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「あたし、子供ができたの。あなたとの子供」 沢山の本が並ぶ図書館で参考書を探すように、私の頭が、子供って何だろうと探している。 子供という言葉は理解しても、その意味が抜けている。 そしてそれは、私の頭がじんじんと煮立つと同時に意味を処理し始める。 「ん? あなた?」 妻は私の顔の前で掌を仰いでいる。 私の頭が理解した瞬間、胸がぞわぞわと内側から急速に高揚する。 私は興奮した体の制御もできないまま口から言葉が出ていった。 「うん! うん!」 私の口から言葉が出てこない。 でも、そののどから出る音は喜びに満ちていた。 「嬉しい?」 妻は首を傾げる。 うん! うん! と頷くだけで、言葉が出ない。 言葉を上手く作れなかった。 嬉しいと言いたい。 しかし、言葉が口から出ていく前に、顔が頷く。 言葉を考えることが煩わしく、何よりも早く喜びを伝えたかった。 今、私の顔はきっと変な顔をしているだろう。 見なくてもわかるくらい、口角や目元が上がっている。 表情を作る筋肉が喜び万歳しているようだった。 「よかった。喜んでくれるか心配だったんだ」 妻は微笑んだ。 「当然だよ、喜ぶに決まっている」 「よかった」 妻は視線を下げて、お腹をさする。 「だからね、車を売ってきたの。シートベルトがお腹に良くないって言うし、運転が怖くて」 妻が細く言う。 「それにしても唐突だな。前もって言って欲しかったよ」 私は苦笑いの表情を浮かべて言う。 妻は昔からそうだった。 突然、冷蔵庫が新しくなっていたり、新しいテレビに変わっていたりすることもあった。 包丁やまな板が変わったのは、この間、気がついたが、私の気がつかないことも多いだろう。 そういえば、洋服の匂いも変わったから、柔軟剤も変えたのかな。 しかし、特に気にも留めなかった。 いや、仕事が忙しくて、気に留めている暇がなかった。 妻は時に気分のむらがある。 そのように私は結論付けていた。 ただ、何も言わずに車を売却することには驚いた。 「ごめん。突然のことだったから、私も動揺しちゃって」 妻が言う。 「いや、全然構わないよ。でも、車を売らなくても良かったんじゃないか?」 私は言う。 「ううん、あなたとの子供を大切にしたいの。だからね、子供に良くないっていうのは、絶対に避けたいの。ママが守らなくちゃ」 妻は優しくお腹をさすりながら言う。 その瞳は優しく、しかし、表情は目じりを尖らせて、勇ましさにも似た緊張感があった。 「わかった。私もできる限りのことをする」 私も妻のお腹を一緒にさすった。 どのようにさするのかわからないこともあり、服に触れるか触れないかでそっとさする。 私の口が笑みで緩む。 その表情を見てか、妻も緊張した表情を緩ませる。 「てっきり、浮気をしているのではないか、別れたいというのかと思って、仕事が手につかなかったんだ」 私は苦笑いをして言う。 「そんなことできないよ、だって、あたし、あなたのことが好きだもん」
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