妻が急に優しくなった

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 次の日、妻は早朝から編み物をしていた。 まだ何を作っているのかはわからないが、何やら急いで作っているようにも思えた。 私は休日なので、ゆっくりと朝を迎えた。 まだ眠気も醒めない私を見つけるや否や、妻は私に寄ってきてはぐっと抱擁してきた。 「おはよう」 と会話を交わす。 「あのさ、一つお願いがあるの」 妻が抱きついたまま言う。 「ん?」 私は答える。 「旅行に行きたい」 「旅行?」 「うん、だって、結婚してから新婚旅行も行ってないじゃん」 確かにそうだった。 私は何かと仕事を理由にして、旅行という言葉を避けてきた。 時々、旅行に行きたいのだろうと思えるような素振りを妻はしていたことがあった。 しかし、妻が旅行に行きたいと言ったのは初めてだった。 「しかし、仕事だからな…」 いつも通りの言い訳が口から出ていく。 旅行に行きたくない訳ではない。 しかし、休みを返上してまで疲れることもないだろうと思ってしまう。 きっと日帰り旅行でも妻は喜ぶのだろう。 ただ、私が億劫なだけだった。 それに、私自身は気がついている。 「つわりも酷くなるかもしれないし、お腹が大きくなる前に行きたいの」 いつもの妻は、私が仕事という言葉を出せば、「そうだよね、仕事だよね」と言って諦めてくれたが、今回は抱きついたまま離れない。 気持ちは乗らないが、妻が妊娠した特別な時だからと妻の思いを汲み取った。 「わかった。遅くなったけど、新婚旅行に行こうか」 「ふふ、晩婚旅行だね」 妻がきゃきゃっと笑う。 ふわりとした頬が上がり、薄紅に赤らみ、瞳は大きく、黒真珠のような丸い瞳。 恰も、もう旅行に行っているような無邪気な表情だった 妻がここまではしゃいでいるのを見たのはいつ頃のことだろうか。 私は思わず、愛くるしく笑みがこぼれる。 「そういうこと言うんだったら、行かないぞ」 私は口角を上げたまま、顔をしかめて言う。 「え、嘘嘘。新婚旅行だね!」 「そうだぞ、私たちは今が新婚旅行なんだ」 「うん!」 妻と初めて会った時のことを思い出していた。 妻の仕草や表情ひとつひとつが可愛くて、いつまでも見ていたかった。 妻は、決して気持ちを表に出す人ではなかった。 しかし、私が何かサプライズする度に、顔を赤らめて喜ぶ妻の姿が今でも鮮明に思い出せる。 私は妻のその表情を見ていて、結婚した当初の妻を喜ばせたいという気持ちが蘇ってきた。 「私たちの赤ちゃんがいる初めての旅行だし、新婚旅行は少し奮発しようか」 私は言う。 「え、良いの!?」 妻は体いっぱいに喜ぶ。
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