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ねこをかくまう・続
それは休日のことだった。その日は平日で、近所のスーパーの特売日と重なっていた。青空のした、夕暮れの朱を帯びはじめた陽光のなか、戦利品を詰めた手提げの重みを感じつつ、上機嫌に家路を急ぐ。洗濯も掃除も終わっているから、これらの食材を長期保存できる状態にしてしまえば、あとはのんびりできるだろう。有意義な休日だ。
道端にしゃがみこんでいる少年がいた。通勤の電車内で時折見かける高校の制服を着ている。少年のあしもとには小猫がいた。のどを撫でられている小猫にも、小猫を撫でている少年にも、見覚えがあった。
そもそも、少年と小猫が封鎖しているその場所は、我が家たる集合住宅の入り口にほかならない。帰宅するためにはあれらをどうにかしなければならない。声をかけてしまったら有意義な休日計画の崩壊が確定である予感はするけれど、しかたがないので、声をかけることにする。
「学校はどうした。さぼりか」
しゃがみこんだまま、少年は顔をあげた。声をかけられたことに驚いたのか、目がまるくなっている。俺の姿をみとめたからか、少年は会釈をした。なにかに揺さぶられていない時の少年からは、妙に老成している印象を受ける。
「違います。テスト期間中です。ですから、午前中で終わりです」
「どうしてこんなところにいる」
「猫がいたので」
のどを撫でられることがよほど気持ちよかったのか、次第にとろけていって、道路に転がって腹を撫でられている小猫を見下ろす。首筋も前脚も後脚も伸びきっている。猫のひらきというものがあるのなら、こういったものなのだろう。
台所で葉物を茹でながら、座卓で試験勉強をしている少年の横顔を眺める。
「勉強をするために、静かな場所を探していたのです。家に帰ると手につかない性分なので」
そう言って我が家に乗りこんできた少年は、場所代としてご当地カップ麺を差し出してきた。テスト期間中の一日くらいは俺の休日に当たるだろうという読みで鞄に入れていたらしいのだが、この大きさ、常備するにはかさばるのではないだろうか。しかもふたつ。遠方の親戚に挨拶まわりをしに行った際、立ち寄った店で偶々発見したとのことだった。気にかけてもらっていたことは素直に嬉しい。しかし、これを食べたことがあるとは言えなかった。その時の土産話を楽しそうに語ってくる少年に水を差すことなどできるはずもない。目がきらきらしていた。きらきらしている若者はまぶしい。無理だ。
畳のうえでは小猫がひなたぼっこをしていた。ひなたが移動するとともに小猫も移動している。
縁というのは不思議なものだ。鉄道がとまった夜に、ここにいるふたりと一匹は出会った。
ほどよく茹であがった葉物に目線を戻す。もうすこし経ったら、問題集とにらめっこしている少年と小腹を満たすために、お湯でも沸かそう。
計画倒れも、わるいものではない。
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