永遠の月

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永遠の月

 凍てつく風の吹く日だった。 その日は初めてのデートだった。 僕は壁にかかっていたコートを身につけて、恋人の来るバス停へ駆けた。 時は夜明け前だった。 山々はまだ闇を纏い、遠くの空だけが、光の予感を帯びていた。 バス停で待っていると、間もなく彼女がやって来た。 化粧をして、華麗な衣服に包まれた彼女は、格別に美しかった。 この世で最も美しいものだと、僕は確信した。 バスが到着した時、既に夜明けは去っていた。 バスに乗り、遊園地へ向かった。 到着し、バスを降りた。 辺りでは、太陽が前日までの雪を洗っていた。 彼女の顔もまた、洗われていた。 微笑んだ口元は僅かに光を帯び、潤沢を帯びた目元は眩いまでに輝いていた。 彼女を見ると胸は自然と高鳴った。 経験したことのない幸福が僕を包んだ。 僕らは、遊園地で色々なアトラクションを楽しんだ。 間も無く、夕暮れとともに、イルミネーションが点灯した。 2人でベンチに座り、イルミネーションを見た。 「わあ! 綺麗だね!」と彼女は言った。 僕は彼女に見惚れて、曖昧な返事をすることで精一杯だった。 綺麗なのはイルミネーションではなく、それを見ている彼女自身だった。 煌々と光を受けたその顔は、周囲の闇を背景として、暖かみと儚さに包含されていた。 騒がしい周囲と、激しく煌めくイルミネーションに囲まれた彼女は、とても小さく、か弱い存在に見えた。 しかし、彼女の所有した儚さと、僕がそこに見出した愛おしさは、計り知れなかった。 あまりに愛おしくて、僕は彼女の頭の後ろを摩った。 彼女はこちらに微笑んだ。 不思議と僕も微笑まずにはいられなかった。 その時、風が無邪気に僕たちを吹き抜けた。 彼女は僕に身体を寄せた。僕も彼女に身体を寄せた。彼女は静かに目を瞑った。僕は彼女に口づけをした。 僕らは海に潜った。 深い深い海に、果てしなく続く海へ潜った。 僕は彼女に溶けた。 彼女も僕に溶けた。 荒く、厳しい海の中で、 2人は完全に溶け合った。 深く、より深くへと、 荒く、険しい海の中で、 2人は互いに身を任せた。 海面には、夜空から降り注ぐ月光が流れていた。 僕は彼女を強く抱きしめた。 「綺麗だね」 彼女が月を見上げて笑った。 僕は、その月の彼女であることを知っていた。 その時、月光が揺れ、月が笑った。
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