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6. 後日談
文学部棟横の喫煙所で、僕は寒空を射殺さんばかりに睨んでいる。
煙は呼吸をしていれば勝手に入ってきて、勝手に出ていく。修士論文も僕が大雑把に調べまわっていれば勝手に作られてくれるとありがたい。もちろんそうはならない。
「村田くん」
「はい」
ゼミの同期に呼ばれた。なお村田は僕の苗字である。
今さらだが自己紹介しておくと村田尚太という名前である。よろしく。
「先生が呼んでる」
「……はい」
「がんばれ~」
「……うん」
たぶん論文の件だろう。僕は煙草を揉み消して、同期には右手を振っておいた。
先生の部屋に向かいながらも内心は憂鬱である。僕の修論は進捗状況が悪いのだ。
「最近あの子とよく話すね」
華子が言った。
「そう?」
「尚太のことが好きなんじゃない?」
「まさか」
どういうわけか華子は、僕と少しでも会話した女性を全員脈有りだと考える傾向にある。あの同期はやや薄情ながら常識的な性格であり、僕とは高校生のころからの馴染みであるから、僕という厄介な学生への伝言を押し付けられる傾向にある。
「おい!」
突然現れた女が威嚇の大声を発しながら、従順に立ち止まる僕の肩を殴った。
「痛いな」
「なぜか私まで怒られたぞ!」
「姉弟だからでしょ。ごめんね」
「理不尽だねぇ」
我が姉は職員として大学に居座り、研究を続けている。実際問題として姉の研究進捗も酷いから師匠に叱責を受けたのだろうから、理不尽とまでは言えない。
喫煙所へと消えていく姉を見送り、僕は再び先生の下へと歩く。
「お姉さんも変わらないね」
姉が消えると同時に華子が現れた。
「相変わらずマイペースな人だ」
「似たもの姉弟だと思う」
「いやいや。そんな馬鹿な」
僕は激しく否定した。
あんな人にだけはならないようしてきたつもりである。
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