みっしょん:2  ☆ヒロインは、攻略対象と遭遇する Ⅰ☆

1/1

171人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

みっしょん:2  ☆ヒロインは、攻略対象と遭遇する Ⅰ☆

 ヴェロニカの勧めもあり薔薇の庭園を散策する事にしたアナスタシアだったが、目的地まで距離があることからヴェロニカに縦抱っこされた状態で移動する事になった。 (昨日は色々あって建物の内装とか見る余裕なかったな……)  アナスタシアの誕生日の準備で、どことなく忙しない空気を醸している宮殿内。薔薇の宮殿と呼ばれるだけあって、内装には薔薇の意匠が所々に施されている。調度品も極上なので、美しいものを鑑賞するのが好きなアナスタシアにとって眼福だ。  麻の葉模様の寄木張りの艶やかな床が長く伸びる廊下の窓からは、丹念に手入れされた薔薇の迷路が見える。一季咲きの薔薇が咲き誇る季節なので、オールドローズ系の薔薇が満開で色鮮やかだった。 (滞在していたのがここじゃなくてよかったかも……?)  仮定の話だが、アナスタシアの母ヴィクトリーアの思い出が残るこの場所が襲撃されて跡形もなく破壊された場合、今もヴィクトリーアを愛しているアレクサンドルの逆鱗に触れてしまい、主犯およびその一族郎党を殲滅する勢いで叩き潰しに行っていたかもしれない。  それくらい、アレクサンドルは身内に関する沸点が低かった。特にヴィクトリーア関係と、そのヴィクトリーアに生き写しらしいアナスタシア関係は、レオニードルートのバッドエンドで述べた通り、下手をすれば戦争を辞さない勢いだ。  ルーシ王国最強と言われている従士団(ドルジーナ)を率いるアレクサンドルとの交渉を有利にしたいが為に、これからも敵国の人間からアナスタシアは狙われ続けるだろうが──それがアレクサンドルの逆鱗に触れて逆効果だと気付けば、アナスタシアを誘拐しようと目論む国も減るだろうと思われる──周りが優秀なので余程の油断をしない限りは安泰だろう。 「……?」  長い廊下を半分進んだ辺りで、窓の外から複数の男の子がはしゃぐ声がした。  アナスタシアがそれに反応したのに気付いたヴェロニカは、窓にそっと近付いて声の主を目視すると「ヒョードル様とニコライ様ですね。──あらセルゲイもいるわ」と口にして、アナスタシアを片腕で抱え直し声の主がいる方へ指先を向けた。  その指先に導かれるままアナスタシアが窓の下へ視線を向けると、薔薇の迷路の入り口付近でアッシュブロンドの髪の男児二人と銀髪の男児が追いかけっこしている姿があり、その少し後方に見覚えのある銀髪の家令とアッシュブラウンの髪の侍女が三人を見守っているのが見えた。 (ヒョードルとニコライと──セルゲイ)  ヒョードルとニコライはアナスタシアの長兄マクシームの息子で、ヒョードルはアナスタシアの二つ上、ニコライは一つ下だったが、マクシームが不在がちなアレクサンドルに代わりアナスタシアの面倒をよく見ている事もあって、兄弟のように育ってきた。  なので二人は、アナスタシアの誕生日会があるのでここまで来たのだろう。  一方、セルゲイはニコライの乳兄弟なのもあったが、彼の父ローベルトがマクシームの邸の家令をしている関係で二人の遊び相手として随行してきたのだと思われる。アナスタシアはセルゲイとはあまり話した事は無かったが、ヒョードルたちの遊びに何度か混ぜてもらったりしているので、彼とは顔馴染みではあった。  余談だが、セルゲイの父ローベルトは、イワノフの三人いる兄弟の末の弟なので、セルゲイはイワノフの甥であり、ヴェロニカとは歳の離れた従兄弟だったりする。  そのセルゲイが、不意に立ち止まりこちらを見上げた。 「さすがセルゲイ。将来有望ね」  さすがと言うことは、ヴェロニカはセルゲイに向けて殺気でも送ったのだろうか。ヴェロニカが軽く手を振ったので、外のセルゲイが応えるように小さく手を振り返し、先に行ってしまった二人を追うように駆けて行ったのだが、アナスタシアはそれどころではなかった。  セルゲイと目があった直後、エンダーな歌として有名な曲のサビが脳内再生され──10代後半くらいの精悍な青少年に成長したセルゲイが、同じように成長したアナスタシアを何かから庇って怪我をしたり、様々なシチュエーションで彼が息絶える場面が幾つも去来(フラッシュバック)した。 (不意打ちすぎる……!)  アナスタシアは前触れもなく脳内で突如氾濫しだした映像と情報の嵐に、内心うわぁと思いつつも、それが早く収束する事を願いながら耐えるように目を閉じた。  昨日前世を思い出した時に、あらかたの情報はアナスタシアに記憶されていたので、既に見知っている内容だったものの、思わず「死ぬな、セルゲイ!」と叫びたくなる場面が連続するそのフラッシュバックは、アナスタシアの記憶に強く焼き直しするかのように脳内を席巻した。  前世の事を思い出してから、攻略対象の一人であるセルゲイ・イヴァノーヴィチ・イワノフと目が合っただけでこれである。他の攻略対象と出会った時も同様の現象が起こりうるのではと考えると、下手にエンカウントしたくない。  昨日の襲撃時よりは軽かった記憶と情報の嵐をやり過ごしたアナスタシアは閉じた目を開けて、人の気配が無くなった庭園を見下ろす。  現実の時間の感覚ではそれが起こったのは数秒の出来事だったが、アナスタシアは急な眼精疲労に襲われたような感覚に、思わず右手でこめかみを抑えた。 「お嬢様?」 「……大丈夫。昨日のことをちょっと思い出してしまっただけだから」  それらしい言い訳を口にするアナスタシア。ヴェロニカから見れば、昨日の襲撃の影響で一時的に情緒不安定になっている小さな子供として映った事だろう。 「散策は中止してお部屋へ戻りましょうか?」  心配そうな声音のヴェロニカに問いに、アナスタシアは横に頭を振る。 「薔薇の迷路を少し歩いてみたい。お母さまが愛したお庭を探検すれば気も紛れるはずだろうから」  目的の薔薇の迷路へ着くと、ヴェロニカの縦抱っこから解放されて、整備された庭園を一人てくてくと歩く。もちろん、付かず離れずの距離にヴェロニカが後ろから付いてきていた。 (セルゲイは誰のルートでも重傷になったり死んだりするのよね……)  アナスタシアの脳裏には、先程目にした自分と同じくらいの年頃の男児ではなく、未来のセルゲイの姿が浮かんでいる。  セルゲイは攻略対象の中で唯一、主従関係が崩れることなくプラトニックな関係で終わる相手だった。  製作者が、セルゲイは純愛がテーマのキャラだと語っていたのをアナスタシアは思い出す。エンダーな歌も、映画の曲ではなくてオリジナルの方のイメージらしく、当時オリジナルの方の動画を探して視聴したアナスタシアは、原曲の少し物悲しい曲調のメロディに心を打たれた。  セルゲイは優秀であるが故に、学園に入学する直前あたりでアレクサンドルに命じられてアナスタシア付きの従者として着任する。彼はイワノフの後継者と目されていたせいか、【鋼のセルゲイ】と二つ名で呼ばれていた。  そんな彼の欠点といえば、運のなさだろうか。運が著しく低いせいで、ゲームの後半の分岐で選択肢を少しでも間違えると、某作品の『放てば必ず相手の心臓に命中する』といわれる必殺の赤い槍の持ち主のようにあっけなく死んでしまうのだ。  セルゲイの死亡が多いのは、危険に巻き込まれやすい環境にいるアナスタシアの従者だという面もあったが、彼はストイックなまでにアナスタシアに尽くし、その身を挺してアナスタシアを守る。他のキャラのルートでもだ。  なので、セルゲイが生存するエンドはかなり貴重だった。  セルゲイの生存率は一割。  彼のルートのハッピーエンドと、ノーマルエンドしか生存していないので、ユーザーからは『薄幸のセルゲイ』と呼ばれていた。 (今後の事を考えると、セルゲイの死亡フラグ回避の対策もしないといけないわね……)  頭の中のTodoリストに『セルゲイの死亡フラグをへし折る』を加えるアナスタシアだった。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

171人が本棚に入れています
本棚に追加