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みっしょん:2 ☆旧ヒロインの人生はハードモード Ⅲ☆
イワノフが言っていた露払いが排除したのか、こちらの戦闘力を見て太刀打ちできないと判断して襲撃を中止したかどうかはアナスタシアにはわからなかったものの、三度目の襲撃に遭う事もなく無事西の邸へ到着し──お風呂や食事を軽く済ませると肉体年齢が三歳児なのもあってすぐに就寝してしまった。
「…………」
ふかふかの天蓋付きのベッドで目覚めたアナスタシアは、見慣れない部屋だったのでVRゲームにINしたまま寝落ちしてしまったのだろうかと一瞬思ってしまったが、VRなら視界の隅に表示されるであろう日付けやパラメータを確認するためのショートカットがあるはずで、装着しているはずのゴーグルの感触を無意識に求めて手探りしても皆無だったので、すぐにそうではないと認識を改める。
同時にアナスタシアは、眠りに落ちる前に起きた出来事を思い出し──寝ている間に現在と前世の記憶が整理統合されたせいで──頭を抱えた。
(どうしよう……)
昨日、誘拐未遂が連続して起こった時点で何となく察していたが、「異世界転生して主人公になってた! やっほーい♪」と異世界転生ものの主人公のように素直に喜べない状況だと改めて気付いたからである。
(難易度高すぎて無理ゲーすぎる……)
かつてアナスタシアが前世でプレイした、この世界に酷似したゲームは『みっしょん:いんぽっしぶる☆』という架空の中世風なんちゃってロシアを舞台にした作品だ。
アクション・サスペンスを盛り込んだ娯楽大作映画をオマージュしたもので、『中世風なんちゃってロシア』は原作を担当したシナリオライターの言であったが、内容は至ってシリアスな乙女ゲームだった。
アクションパートの難易度が高く設定されていたので、ミッション──チャプター表記はポップな感じで、例えば二話目だと『みっしょん:2☆』とタイトルと同様にポップなフォントで表示されていた──に失敗すると攻略対象が暗殺されて戦争やクーデターが発生するなど様々なパターンのバッドエンドが発生し、主人公のアナスタシアも例外なく死ぬ。
攻略対象によっては、ルート後半の選択を間違えただけでアナスタシアや攻略対象に死亡フラグが立ってバッドエンドが発生するキャラクターもいたので、シナリオとフラグ判定が鬼畜だと評判だった。
だが、そこがいい──と、ゲームにハマったユーザーは制作者の掌の上でコロコロ転がされるようにストーリーにのめり込んでいく。
障害があるほど燃える、とよくいうが、あながち間違っていないのだろう。
難関を乗り越える事で得られる達成感は半端ないし、実際、アナスタシアもゲームプレイ時は燃えた。萌えもした。
(『みっ:ぽる☆』は、いい意味でタイトル詐欺の作品だったよね……)
『みっしょん:いんぽっしぶる☆』は、好感度やパラメータを上げればいいだけのゲームではなく、機密を入手する為に自らスパイ活動を行うアクションパートがある。
アクションだけでなくパズル要素もあったので、アクションやパズルが苦手なユーザー向けにイージーモードを選択することが出来た。
なので、難易度によるシナリオ差分はあったもののクリアすること自体は可能だったが、アクションパートで難易度が下げられても先述のようにシナリオが鬼なので非常にシビアな世界なのだ。
(色々なルートのバッドエンドが大規模すぎて間違えられない、というのがもうね……)
アナスタシアの脳裏を、バラエティ豊かな数々のバッドエンドの映像が去来する。
(この世界がある程度決まったレールの上で進むのだとしても、危険の芽をことごとく摘んでいかないと安心して生きていけない……)
アナスタシアがハイスペックで幸運値が高く設定されていても、ゲームのようにセーブロードが出来ない世界なのだ。シビアな乙女ゲームの世界が現実になると、どんなイケメンが現れようが楽しんでいられなくなるのである。
ゲームの開始はアナスタシアが王立学園へ入学する十四歳からなのでまだまだ先とはいえ、うまく立ち回らなければ一寸先は闇状態だった。
「お嬢様、お目覚めですか?」
ベッドの中で身じろぎしていたら、起床時のお世話をしに寝室へと入ってきていたらしいヴェロニカの声がした。
「……おはようニーカ」
今起きました、という体を装い、アナスタシアは掛け布団から顔を出した。ニーカは、ヴェロニカの愛称である。
「おはようございます」
ヴェロニカは眩い笑顔でにっこりとアナスタシアに微笑みかけ、サービングカートを押してそれをベッドの脇に止めた。アナスタシアは上半身を起こして、朝の支度の準備を始めたヴェロニカを眺めた。
(めちゃくちゃ眩しい……)
ヴェロニカの笑顔が。
そう思っただけなのに不意に、ある攻略対象のルートでヴェロニカがアナスタシアを身を挺して庇い自分の腕の中で死んでいくというシーンが脳内でフィードバックされた。
それは、今より少し歳を重ねた十数年先のヴェロニカが「お嬢様をお護り出来てよかった……」と満足げに笑顔で逝く場面だったので、アナスタシアは絶句する。
「……お嬢様?」
アナスタシアの表情の変化に気付いたヴェロニカは準備をする手を止め──静かにベッドサイドへ寄るとベッドへ腰掛けるなりアナスタシアを優しく抱きしめた。
「お嬢様を怖い目に遭わせてしまい、申し訳ありません」
ヴェロニカは、アナスタシアの表情から昨日の襲撃時のことを急に思い出したのだと感じたらしく、謝罪してきた。
ヴェロニカのシトラスの香りに包まれたアナスタシアは、その謝罪を否定するように頭を振り、自分からもヴェロニカの胸に抱き付いた。
「ニーカ」
「はい」
昨日のマクシームとイワノフの会話から、誘拐未遂やニアミスは今まで何度かあったのだろうと推測できたが、今回のように派手な襲撃をアナスタシアが直に目にしたのは初めてだった。
イワノフを筆頭としたソコロフ家の護衛兼使用人たちが『お嬢様の平穏』を守り続けていたのだと感じて──身体が幼いが故に本来のアナスタシアの感情が強く表面に出て──目に薄い涙の膜が張る。
「ナーシャの為だからって、ムリしないでね」
言葉にして出した途端、目の縁に留まっていた涙が決壊して溢れてくる。
(ヴェロニカが死ぬシーンを思い出しただけでこんなに悲しくなるなんて……)
枝分かれした未来の一つだと──そうなるとは限らないのだと頭でわかっていても、ヴェロニカが死んでしまう場面が過ぎっただけで胸を突かれてしまうのだ。
「お嬢様……?」
頭の上から戸惑ったようなヴェロニカの美声が降ってくるが、溢れ出した涙は止まらない。
「ニーカに何かあったらわたし、かなしくて泣いちゃうよ……」
最後の方は涙声になっていたので、アナスタシアが泣き始めたことにヴェロニカは気付き──アナスタシアの背中を優しく撫でてきた。
「ニーカ……」
ヴェロニカの柔らかい胸の中で、アナスタシアは自分の感情をコントロール出来ずにえぐえぐとしゃくり上げる。
前世では身近な人の死を感じたことがなかった所為もあったが、十数年後の未来に母のように姉のように慕っているヴェロニカに起こるかもしれない最期の映像は、四歳になったばかりの幼女のメンタルにはきついものだった。
声を上げることなく涙を流し続けるアナスタシアの背中を、ヴェロニカは泣き止むまでずっと撫で続けてくれていた──。
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