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エピローグ
私が泣き止むまで、彼はずっと抱きしめてくれた。田舎とは言え人目があるにも関わらず。
日が完全に沈んでから泣き止んだ私に、彼は告白してくれた。私はその告白を受け入れ、再び交際することになった。
彼に手を引かれて、彼の車に乗り込み私の実家に移動した。彼は私からの連絡を両親に伝えていたそうだ。
正直、両親と会うのはとても怖かった。拒絶されてしまうのではないか? そう考えると手が震えたが、彼は私の手を握って『大丈夫だ』と優しく微笑んだ後、インターホンを押した。
直ぐに母が出てきた。母は私と彼を見てから、繋がれている手を見て『お赤飯炊いておけばよかったわ』と言った後、私に昔と変わらない優しい微笑みで『おかえり』と言ってくれた。
涙が零れ落ちながら、私は少し震えた声で『ただいま』と告げた。
リビングに入ると父がいた。父は私と彼の姿を見て、『うむ、約束通りちゃんと馬鹿娘を連れ帰ったな。流石俺の息子だ』と嬉しそうに言った。
私は改めて父と母に頭を下げて誠心誠意謝った。『現実を知って、大人になって無事に帰って来たのならそれでいい。過ちを繰り返さないよう、励みなさい』と父が言い、『じゃあ、出前取るわね。春斗君何がいい?』と母は嬉しそうに言っていた。
私が返ってくることを両親に伝えたと聞いた時に、彼は両親と繋がりがあることは察していたが……仲良すぎない?
その疑問を尋ねると、母の口からとんでもない事実が明かされた。
――六年前。私が独力で上京すると両親に伝えたあと、父は彼と会って、どうにか止められないかと相談したらしい。その結果、強情な私に何を言っても無駄、力尽くで阻止しても強引に東京に行くだろうと判断し、挫折して現実を思い知るまで見守るしかないと決めたらしい。
しかし、無鉄砲の馬鹿娘を東京で一人暮らさせるのは不安しかなく、そこで彼が進学先の大学を東京に急遽変更し、同じ区内にアパートを借り、密かに私を監視することになったらしい。
更に薺に協力をしてもらい、寂しがり屋の私と仲良くしてもらいつつ、情報を彼に流してもらい、その情報を彼が父に流していたらしい。
だから、私がキャバクラで働いていたことも、半年程セフレを数人作り、爛れた肉体関係を持っていたことも知っていたらしい。
……死にたくなった。
彼はその半年間何度も私の実家を訪れて、父と自棄酒をしていたとのこと。
そして、私がもし風俗に身を堕とすようならば、強制的に実家に連れ帰ることを父は決心し、彼も協力することになり、同盟関係はより強固な物になったとか。
真相を聞き終えた私は、本当に心配ばかりかけていたのだと、改めて実感した。同時にこんな馬鹿な女をずっと愛してくれていたことに、声が出ない代わりに涙が出る程嬉しかった。
私は独りじゃなかった。早まって自殺したりしなくて本当によかった。
これからは皆に出来る限り心配や迷惑をかけないよう、現実をちゃんと見て、地に足を付けた人生を歩もうと強く、強く、決意した。
そして、大切な人達への感謝と愛情を胸に刻んで、今度は私が皆の力になれるような人間になろうと、密かに誓った。
私が春斗と復縁してから、四年の月日が経った。
地元に帰った私は、専門学校に入学するため一年半かけて勉強し、無事合格した。
専門学校が県外だったため、親には反対されるのではないかと、心配していたが、あっさり承諾された。保護者(春斗)と同居だから心配ないのが理由でした。
そして、専門学校を卒業した私は地元に戻り、保育士として働たらいている。今日も幼稚園でピアノを演奏しながら、音痴を晒しつつも大好きな歌を子供たちと一緒に歌った。
ミュージシャンを目指す前の夢である保育士の仕事は、私に合っているようで、仕事はやりがいを感じている。
そして、私生活も充実している。
玄関の扉を開けると部屋には明かりが灯っており、美味しそうな匂いが漂っていて、鼻腔から侵入し、私のお腹を刺激する。
私が帰宅したことに気が付いて、リビングの扉が開き、旦那が今日も素敵な笑顔で迎えてくれる。
「ただいま」
「おかえり」
私の大好きな人が、大好きな笑顔で、大好きな言葉で迎えてくれる。
ここが私の居場所。これが私の幸せ。
その幸せを手に入れるきっかけとなった一枚の絵画は今、我が家の玄関に飾られて毎日旦那と一緒に私の帰りを待ってくれている。
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