〈Blinded By the Light〉

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〈Blinded By the Light〉

 特に束縛されている感覚はない。  身体はどうやら自由な状態であるようだ。  Tはそれだけは分かった。  ただ問題なのはTという男の目が覚めた時、この部屋、この空間が暗黒に満ちて、自分自身の状態というよりも、周りの環境が何も判別できない事が、Tに対して不安を募らせていった。 「何だここは……」  Tは立ち上がり、光当たらぬ状況の中、一応として、周りを見渡してみた。言わずもがな、黒一色以外に何も見えはしない。ただ、単純な暗闇だけがTの皮膚を、髪を、つま先を支配していた。  寄る辺ないTはひとまず手を伸ばしパーソナル・スペース確認をしてみた。するとTは指先に硬い感触、冷えた心地を覚える。 「壁? コンクリート?」  周りは何やらパーテーションめいたものに囲まれているという判断がTに芽生えた。  Tは腕を昆虫の触角の機能代わりに伸ばしながら、上下左右に振りつつ、恐る恐る牛歩して、今、己がいる空間、もしくは場を彷徨い始めた。  時折、徐に歩いているとはいえ、身体が壁にぶつかったり、その歩行自体も覚束ない足取りだが、Tはどうやらこの場所は迷路のような造りになっているのではないか、と考え始めた。また、暗がりに居る時間も長くなってきたので、薄ぼんやりだが徐々に目が慣れてきて、所々に仕切られた壁が不規則に並べられている状況を僅かながら確認できるようになり、やはりここは迷宮仕立てになっている、というT自身の推測は確信に変わってきた。  ただの家や部屋の類ではない。おかしな構造の室内。そう、複雑な仕組みになっている建築物に、俺はいる。  暗闇の中、T自身のゆっくりの歩行と比例して、T自身の思考が慎重にそのように動き出す。 「君は選ばれた。いや、私が無作為に選んだのだ。何の理由も無しにな」  突如、フロア内に声が響いた。  闇の渦中、声だけが鳴った。生声ではない。何らかの音声拡張機材を通しての、端的に言えばマイク音に似たそれ。 「誰だ?」  突如、太くしゃがれた男の一声。  不意の声音とはいえ、臆する事無なくTは、当て所なく問う。声が聞こえはしたが、その音を発した存在、当人の気配は周りにない。あきらかに天上より流れた声であった事はT自身も即座に理解出来た。 「私が何者である事かはここでは問題ではないだろう。それは君にも分かってるはずだ。君が気にすべきは、君自身が被っている奇妙かつ半ば異常な事態について理解する事ではないかね?」  Tの質問の答えにはなっていないが、どうにも正当性がある返し。理不尽な言動にもTは思えたが、この、謎の声の主、に対して異常者のイメージがある者の、微かなレベルではあるが、意思疎通は出来る程度の会話は出来そうだ、と察した。 「確かにこの暗闇の中、何故、俺がこんな状況に置かれているのかは分からない。ただ、どうやらアンタが仕掛けた戯れ事だとは予想できるがね」  Tは半ばそう嘯きながら言うと、常に忍び足ではあるが、迷い迷い歩を進める事は止めない。身体をあちこちと軽くぶつかりながらも。  謎の声の主は鼻で笑った後、 「ほう、なかなか飲み込みが早いな。近頃の若い者にしては扱いやすそうだ」 「俺は三十歳を超えた大人は信じない主義で、盗んだバイクで走り出すタイプなんだよ。その潰れたような声からするにアンタはかなりのロートルだろ。言わばジイさんだ。老害の極みの暇つぶしに俺は付き合わされているのか。自分の禿げた頭を毛繕いして、盆栽代わりに余生を楽しんでほしんもんだがね、俺としては」 「はは、これまた生意気でありながらユーモアもあるという事か。ランダムで君を選んだとはいえ、愉快な若者で見込みがありそうだ」 「俺が何処で何時どうやってさらわれたかは分からない。だが、無駄話もしたくない。一体、アンタの狙いは何なんだ? 目的を簡潔に言え」 「よし、単刀直入に言おう。君はこれからの生涯、死ぬまでその暗闇の空間で送るのだ」 「……気でも違っているのか?」 「いや、いたって私はマトモだよ」  どうやら痴呆性のある老人の遊びに自分は付き合わされるのか、とTは考え始め、アイロニカルな言い様のままに、 「どう考えてもマトモな思考、というか発言に聞こえないのは俺の気のせいかな?」 「考え方に基準というものはないのではないか。むしろ計れる物差しとやらがあるなら、私に教えて欲しいものだな」 「知らんよ、俺は。兎に角、俺がどうしてここで一生を過ごさなければならないんだ」 「それは私の考えた大いなる思考実験、というか思想の実行というか、まあ、その限りではないが、その範疇からあながち外れているわけでもない」 「また、よく分からない台詞を吐く」 「では、敢えてさらに抽象的に言おう。聖書だか神話によれば、まずは神が光をもたらした、という枕詞からこの世界、もしくは宇宙ができたらしいが、どう思うかね?」 「別に何とも思わないが」 「詰まる所、反証して考えてみれば、元来はこの世の中とやらは暗闇であったという解釈にはならないか。然るに暗闇こそが始まりだった、と。初めは暗黒に帰結し、光はその後の副産物に過ぎない、とね」 「だとしたら、どうだと言うんだ」 「この、神、という装置が厄介な代物で、どうにも光が是であり、闇が否というラベリングが古今東西ではびこっている感がないかな。光が神によって闇を塗り替えた。そんなイメージだ。光が正であり、闇が負の固定観念という前提概念が、長年の蓄積で我々人間に染み込んでしまった、と。だが、私はそのような状況に一家言を持ってね。そう、疑問だな」 「疑問?」 「必ずしも光が希望の象徴としてのアレゴリーではないし、反対に闇が絶望のアナロジーでもないのではないか? という疑念だよ」 「余程の暇人ではないと浮かばないお悩みだな。俺には理解出来ないね」 「そうだろう。確かに私は閑居人ではあるかも知れない。だからこそ、このように君を使った私の思想プログラムのプロジェクトの協力を、強制的に仕組んだのであろう。だが、一方で矛盾するかも知れないが、私には時間がないんだ」 「時間がない?」  Tの疑問符の付いた独り言の後に、ゴホっ、と一咳、天井から注ぐ謎の声の主の方から聞こえた。  さらに謎の声の主は、Tがゲリラ戦場で地雷を踏まないように鈍足で暗闇を彷徨う中、果たして不可思議な言葉を並べる。 「その暗闇の迷宮、別段、迷宮の構造にする必要は無かったのだが、まあ、ラビリンスが人生の比喩とでも考えてくれれば幸いだが、まどろっこしくも単純な家屋の設計にはせず、巨大迷路の様相を呈した空間に君はいるのだが、土地としては広い割に、さほど迷宮としては難解な造りにはなっていないはずだ。まだ、入ったばかりで探るように歩いてはいるが、恐らく今日一日徘徊していれば、その暗黒迷宮の間取りはつかめるだろう。君の目もだいぶこの暗闇に慣れてきているはずだ。だから迷っている最中に様々な、ルーム、の存在に気づくはず。その各々のルームは君がこれからの人生において、何の不自由もない暮らしが出来る設備で整われている。食事、医療などのファシリティはもちろんのこと、生活習慣における全てのインフラ施設が充実している。娯楽面的な部分、そう、アミューズメントという観点からは不十分であるかも知れないが、ただ単に生きていく上では、その暗闇の場所こそが絶対安全圏の場所であり、シェルター、なんだよ。分かるかね。君には十分なアメニティをもって、生きる上での縮図ともいうべき環境が揃っているんだよ。だからこそ、君にはそこで一生を全うしてほしい」  話が通じる相手、と少しは思っていたが、やはり完全に頭がイっている……とTは謎の声の主を確信すると、 「人はパンのみに生きるのではない、とか、そんな文言があったような気がするけどな。アンタには悪いが、俺はアンタのその意味不明な企みにノるほど愉快痛快なお人好しじゃないんでね。アンタの期待を裏切るようだが、何とかこの真っ暗な空間、というか迷路から脱出させてもらうよ。アンタがタチ悪くゴール設定してなければね」 「ゴール、か。少なくとも出口は、ある」 「!?」  意外な謎の声の主からの一言。Tは一瞬、足を止めた。だが、すぐに蝸牛(かたつむり)の歩みを始めた。むしろ直ぐにTが歩を始めたのは、謎の声の主の、出口はある、という一言に後押しされたからだ。謎の声の主の言質(げんち)を信用するならば、ここから脱出できる可能性がある、という思いが生まれたから。  そんな希望を見出したTの思いを他所に、謎の声の主は次のように言葉を羅列する。 「私は言わば光と闇の、逆転、もしくは、反転、を通じ、さらにそれを再検証して、物事の真理とやらに近づきたいと、余命幾ばくかのこの頃にもなって、そんな若気の麻疹(はしか)のような、置き忘れていた青春期の自己の哲学やら思想に憑りつかれてしまってね。老い朽ち果てる前に、幾つかの我が心象の事柄は、何とか解決しようと試みたのだが、如何せん、天命に従う以前に私は、汚染、され尽くしてしまったらしい。命の算段は寿命ではなく、この汚染によって我が生は早められてしまった。だからこそ、私には時間がない。恐らく私が死ぬ前までには答えは出ないだろう。だが、光に対して何の意味があり、闇に対して何の意義があるか。最低限、それだけの解答は見出したかった。それは人類の歴史にも普遍的に適うような、そう、それこそ今まで気づき上げた文明や文化や慣習や思想……数多に援用できる手段の導きにも成りえるのではないかとも。それが光と闇の転回現象。いや、転回というには極論過ぎるかもしれない。兎に角、それは精神論かつ形而上の次元であるからに、物質的かつ科学的なそれでない。光にしろ闇にしろそれは後付けの結果論からの、具体性を付して言えばイメージ的な、有と無、のシンボルに過ぎない。光、それはつまり電磁波におけるカテゴリーの一部である可視光を示すもの。結局の所、可視光である光が我々人類にとって、いや生き物にとって、見える、という目の機能に通じて利便性と実用性ともに高いので重宝されているだけなのではないか。現に見て欲しい、天はあくまで暗闇一面で、その隙間を縫うように月が、星が、星雲が輝いているだけ。言わば光の存在はこの我々が住む宇宙空間ではマイノリティなのだ。この世の大半は重たいくらいの暗黒で敷き詰められ、その闇こそが、主役、なのではないのか。本来ならば闇に満ちている。それこそが常態であり、自然なのではないか、とね。まあ、光と闇の位置づけに、言ってみれば優先順位などを付けるのは、愚の骨頂かも知れんが、老いぼれなりに、古い知識と伝統に縛られ、知らず知らずの内に定まってしまった、人の観念や概念やらに一石を投じてみたいというエゴが、私にも人生の狭門際(せとぎわ)に来て、自己主張や自己承認欲求の類に見舞われたのだろう、君を巻き込んでしまったわけだ。長々とした一席、こんな私の言い分だが、君はこの場所で残りの一生を過ごそうとする心的展開には至らないかね?」  衒学的で遠回しな台詞。Tにも部分部分で理解できる箇所はあったが、到底、謎の声の主の発言それ自体を受け入れられる広義の意味は分からなかった。  Tは壁に沿いながら目を凝らして見知らぬ、出口、を目指して、文字通り闇雲に歩きながら、 「残念だけどアンタが言うような心変わりは出来ないね。アンタの気違いじみた言動が俺の足りない頭じゃ分からないのもあるが、それ以上にどうして俺がこんな場所で一生を過ごして喜ぶとでも思うんだ。光やら闇やら希望やら絶望やらと、色々とご託を並べているが、そんな事は俺の知った事かよ。アンタの思考実験に思想? そんなアンタの俺にとっては些末で余計な遊戯に俺は付き合わされて、全くもって迷惑千万だ」 「なるほど、迷惑千万か。しかし、何をして君の人生に実りがる? その暗闇の中でも己の人生の糧を見出せないものかね?」 「はは、見出せるわけないでしょうよ」 「君も光に希望を寄せるタイプの人種かね?」 「その辺りのアンタの言ってる事が分からないんだよな。どうして光と闇に拘るかが」 「あくまで光と闇と私が言っているのは、メタファーに過ぎない。言ったはずだ、普遍的な真理、の発見の一助になるのではないかという考えから、光と闇という例えを抽出しただけ。言わば全ての学問の追究する最終目的地が、真理、である事が自明であるように、私はそれと同じように私の思想を位置づけしている。そして、悲しきは、幾ら追究し追い求めても、私も高名な学者も真理にはたどり着けないと分かっていながら、真理を探そうとする。だが、その姿勢が美しいのだ。人は完璧にはなれないが、完璧を目指す姿が、人を尊厳ある高貴な存在とするように、我々も無駄と分かっていながら、その果ての答えを知っていながら、真理にたどり着けないと理解していながら、敢えて非生産的にな自己の思案に懊悩する。そこに意味があるのだ。人間の美であり生の飛躍として足りうるのではないか」 「それはそれは盛大なご高閲して下さっているようで。勝手に悩んでる分には良いが、俺が巻き添えになるのは、何度も言うがごめんだね。光がどうのやら闇がこうのやら、とのたうち回ってるが、光がないと見えないし、真っ暗だと色々と不自由だろ。それだけなんだよ、明るいとか暗いとかって」 「不自由、か。果たして光の下で生きていれば必ずしも、自由に生きていると言えるか。太陽の日光浴のみに安穏とした世界が、我々の生活において平和を担保として機能できているかと思えるかね。光にみなが理想郷として認知していない事は周知の事実。暗闇の中における行動に不自由さが、そう、肉体的に物理的に制約があるだけであり、光こそが自由足りうる象徴とは限らない。むしろ自由にこそ、人は自由の刑に処されれいる始末だ」 「そいつはどっかの哲学者の言葉だったじゃないか。それに話がぶっ飛びしすぎて説得力がない。大喜利的には大甘に評価すれば座布団一枚やっても良いかと思うがな」 「はは、なかなか博学で機知の利いた言葉だな。さすがは私に選ばれた者、と言うべきか」 「結局は自画自賛か。何の選択基準も知らない人間が、アンタの狂言に付き合わされて、ここまで戸惑っているというのに。アンタは相当のSな性格だとみたよ。粘着性の高い変質者にも思えてきた。発想がいかにも自己中心的で、なおかつ自己完結じみている。俺の生きる権利を無視した独裁者気質のエゴイストって所か」 「一理ある。君の意思を尊重してない部分は謝罪しよう。だが、事実、光が伸び伸びとして横溢する、所謂、日常の中で君は何か望めるべき事を見出せていたか? 君が思い描いた人生を歩んできたか?」 「…………」 「逆に暗闇という苦々しい環境にこそ、自身の強さをもって確固たる生への対抗とし、それをもって改めて真に解放される新しき自分を創造できる、と」 「そいつも何処かで聞いた事がある。そう、似たような偉人の警句の類だ。兎にも角にも、俺はアンタの世迷言をそうそう信じるほどのバカじゃない。俺は新興宗教の教祖やら、ブラック会社の社長の精神論の意味不明な理念の洗脳みたいのに引っかからないタチでね。人に対して性悪説ってヤツかな。俺はどちらかというとそっち型の人間なんだよ」 「私は何も君を変わらせようとする事を目的としてはいない。勿論、君の人格を操作する事など、ゆめゆめ考えてはいない。ただ、君をある種の思考として、救済、したいんだ。言わば認識許容範囲の拡大を君にしてほしいだけ。それでも君は、出口、を探そうとするのかね。もはや覚悟、いや、暗闇に身を投じる人生に全てを費やす事を肯定して、その中で己の人生の意味や意義を熟慮して達観するのも次第。私は決して異常な提案をしているわけではないと思うがね」 「…………」  暴論にして理解不能の極み。  いよいよもって狂気にターボがかかって来たか、とTが謎の声の主にもはや不信しか抱くしかなくなったようになり、もうリアクションの言葉を返す意思もなくなった時だった。 「光……?」  謎の声の主が言っていた、ルーム、という存在の確認より先に、Tは一縷の光を見つけた。観音開きの扉であろうか、その中間の隙間から僅かだが光の筋が延びている。  Tが光、つまり、早くも、出口、を見つけたと察した謎の声の主は、大きくため息を漏らすと、 「やれやれ、しっかりと扉を締めきれてなかったか。何の因果のミスであるか。だが、どうやら君は僥倖にも早くも君が望むべく、出口、を見つけたようだね。もう、私の指示する、啓蒙する、告げるべき言葉はなくなったな。後は君が何を考え、何を見出し、何を選択するかだ。それは君の意思の自由だ。だが、その扉を開いた先に、果たして君が望んでいるものがあるとは限らない、と私は推し量るよ。それは……まあ、良い。兎に角、私は疲れた。私の身体が、いや、心身ともに、汚染、され尽されたのが原因なのか……ふ、もはやどうでも良いこと。せめて私は君の今後の行く末に幸あれ、と一言遺(のこ)して眠らせてもらうよ……」  それらの言葉を告げた後、一方的に謎の毛の主の声は聞こえなくなった。  奴のマイク・パフォーマンスは途切れたか?  Tは煩わしい謎の声の主の戯言から解放された、と思うと同時に様々な点で、今までの謎の声の主の台詞にて要所要所で気になる言葉があった、と顧み始めていた。  だが、今は光の漏れる方向へと進むのがTの心に駆られていた。  Tは今までにない速足で光が指す方向を目指す。すぐにTは扉の前にたどり着いた。意味なく手が震えるその手のひらをもってして、扉を開く。 「何だこれは……」  扉を開いたT。  開けた瞬間、長く暗闇の中にいたので、一度に浴びた光に目が眩んだが、すぐに目前の景色は容易に見えた。  そして、理解できた。  全景、基本的に荒れ野原で、高層建築物やその他の家屋が破壊され尽くされ所々地面に埋もれ、ただただ燦燦と太陽ばかりが照射されている映像。  ガイガー管でも使えば、ベクレルやらシーベルトやらグレイやらが高い数値で出そうな状況だな……。  Tは思う。  目前に広がるは、分かりやすいほどに分かりやすい、核戦争後の世界のような地の様相。  ここでTは謎の声の主が言っていた、気になっていたワードを思い出した。汚染……シェルター……そして、絶望などの幾つかの用語を。  自分が眠ってる間に何が起こったかは不確定過ぎて分からない。ただ、この目の前にある地上には、Tが普段思い描いていた、否、Tが今まで営んでいた日常生活がどうやら破綻してしてしまっている、とTはそう見解を示した。  眼前には恐らく放射線まみれに汚染された険しい道。当て所ない安全なアジール(聖域)を目指して、身体を壊しながら進むのが得策か。  メギドの丘、ハルマゲドン、世も末。  まるで近未来SFの世界に突然放り投げられた環境に、Tは困惑する。と、同時に、謎の声の主が語っていた、Tからすれば寝言だと思っていた、種々の言葉の意味が分かりかけてきた。ひどく謎かけじみて、湾曲した言い方であった嫌いはあるが、禅問答よろしくTは少なからず謎の声の主の、目的、とやらが身に染みてきた。  笑える遊戯だよ、まったく。  そんな思いを浮かべ、目は硬直したまま、口角を上げて高笑いするT。その笑い声が暖かいとも、冷たいとも言えない、恐らく、目には見えない微細な粒子によって汚濁された微風に乗って、虚しく響く。  Tはうざったいくらい眩しい太陽の光を背に、今まで歩んでいた暗闇が満ちる迷宮に振り返って目を向けた。  何を選択するか?  先ほど、謎の声の主が告げた一言が、Tの頭に刻まれている事に、T自身が気付くのは間もなくの事だった。                                了
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