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「行ってくる」
そう言う声が玄関で聞こえて、美桜は慌てて玄関に向かう。
玄関にはもうすでに靴も履いて出かけるばかりの柾樹が立っていた。
「行ってらっしゃいませ」
「ん……。美桜……」
「はい」
「無理しなくていいから」
まただ。柾樹は美桜と目線も合わせない。
さらに改めてそう言われて、余計なことはするな、と言われたようで美桜は少しだけ落ち込んだ。
「はい。柾樹さん、お気をつけて」
「うん」
それでもなんとか笑顔を作り、美桜は柾樹を見送った。
最後まで目は合わないままで、また美桜はその背中だけを見送ったのだ。
部屋に戻り、美桜はさすがにこぼれ出るため息を止めることはできなかった。
──どうしてなんだろう。
美桜は一生懸命やっているつもりでも、なんだか柾樹には届いていない気がする。
何もかもが上手くいかなくて、悲しくなってしまう。
美桜は、柾樹がとても好きだ。
近くで見れば素敵だなと思うし、お湯が当たった時も柾樹はおそらく心配してくれていたのだと思う。
なのに……振り払ってしまった。
昨日のこともあるし、自分は柾樹が好きだけれど、恐らく柾樹の方はそうではないのだ。
政略結婚なのだと思っている。
美桜のことも、父に言われて仕方なく、受け入れてくれたのだろう。
ソファに座って、美桜は少しだけ、泣きそうになった。
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