婚約者

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 まさか柾樹がキッチンに姿を現すとは思わず、美桜はお湯を指先に零してしまった。 「美桜!」  柾樹が慌てて、美桜の手からポットを奪い取りシンクに置いた。そして蛇口から勢いよく水を出すと、美桜の指先を握って流水にさらす。   「だから、無理をするなと言うのに……」 「……ごめんなさい。驚いたりして」 「いや……」  後ろから抱き込まれるような今のこの姿勢に、美桜は不謹慎だと分かってはいるけれど、どきどきした。  背中に逞しそうな柾樹の胸がぴったりとくっついて、真横にその整った顔があるのだ。  流水に晒すためとはいえ、握られている手も視界に入る。  昨日……この手が、美桜の肌に触れた……。 (……っ! 何考えてるの⁉︎)  つい、美桜は柾樹の手を振り払ってしまう。 「……っご、ごめんなさい! もう大丈夫です」  柾樹は一瞬驚いたような顔をして、それからはいつものように表情をすうっと消してしまった。  そして美桜からふっと顔をそらす。 「大丈夫ならいい。気をつけてくれ。ケガをされるくらいなら何もしなくていい」 「すみません……」  心配してくれたのに、つい恥ずかしくなって手を振り払うようなことをしてしまった。  柾樹は黙ってキッチンを出ていく。  美桜はその場から動くことができなかった。 ──柾樹さんはどう思っただろう……。
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