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「みかんとスイカどっちがいい?」
「スイカ」
汗で前髪の張り付いた額にピタリとアイスバーを当てると、燈子はひゃっと小さく声を上げて一瞬目を閉じた。
手渡すと、さっそく傍らでビニールをベリっと破る音がする。沙保もアイスを袋から取り出すと、すでに表面をオレンジ色の雫が滴り落ちようとしていた。
すいかを模した赤い三角に齧りついた燈子の薄い唇もまたほんのり赤く色づいていた。彼女は濡れた唇をなめ取って、あ、と小鳥のヒナのように口を開けてみせた。
「ちょっとちょうだい」
角のかけたオレンジ色のアイスバーを差し出すと、燈子の歯は"ちょっと"というには大きすぎるひとかけらを齧り取った。それも凍った果肉丸ごとも一緒に。
「あああ、私のみかん…」
「スイカあげるからいいでしょ」
ひょいとアイスを寄こした燈子の指には、今にも赤い水滴が落ちようとしていた。咄嗟にそれを舐めとると、今度は沙保の指をオレンジ色の水滴が濡らした。すっかり冷えきった燈子の舌がペロッとそれを掬う。ピクリと指が震え、アイスの棒を落としそうになるのを沙保は必死で耐えた。
「…今感じたでしょ」
「そ、そんなはずは…」
「うそ」
色素の薄い目がいたずらっぽくきらめいて、くるりとこちらを伺う。なんだかきまりが悪くて、沙保はしゃくしゃくアイスを頬張るのに夢中なふりをした。
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