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燈子はスイカアイスを食べきってしまうと、もう一度沙保の手に唇を寄せた。ぺろぺろと柔らかな舌先が手のひらをかすめて、あと少しなのに溶け落ちそうな氷のかけらに集中することができない。
「おいし、」
「…これじゃ食べれないって」
「じゃあ私がもらう」
タイミングよく棒から外れた残りのかけらを燈子の唇が掴まえた。ナイスキャッチ、とでも言いたげに唇の端をクイッと上げて。
「…ああああ、燈子さんひど」
恨めしげな目を向ける沙保の顎を燈子の細長い指が掴まえた。唇から覗くオレンジ色の欠片から雫が滴ろうとしていた。
笑いを含んだ燈子の目が、沙保を誘っていた。その眼差しに勝てるはずもなく、沙保は唇を近付けて冷たいオレンジ色の一片を齧り取った。唇が触れた瞬間、燈子は焦らすように顎を小さく引いた。濡れた燈子の唇をペロッと舐めると甘酸っぱい雫が舌に触れた。
「ファーストキスの味ってやつ?」
「私は醤油味だったんですけど」
「え、」
ファーストキスの味といえば、レモンだのイチゴだのではないのだろうか。醤油なんて世帯染みた感想は聞いたことがない。思わず燈子をまじまじと見ると、予想に反して彼女はあっけらかんと話し始めた。
「中学の時、昼休みに男子に呼び出されて」
「燈子さん彼氏いたの」
「彼氏じゃなくて告白されただけ。返事迫られて困ってたらその隙に」
「なんつー無防備な…。で醤油の味?」
「給食の味っていうか。痛かったな」
燈子は事も無げにそう言うと、思い出したように親指の腹で自分の唇に触れた。
よしよしと燈子の汗でしっとりした前髪を撫でていると、燈子は無邪気に小首を傾げてみせた。
「そういう沙保ちゃんはどうなの」
「えー…柔らかかった」
「いつ、どこで、だれと?」
「なにこの尋問…。えーと、保育園の時、実習の女の先生にチューした」
その時の相手の目を丸くした顔と、子ども心にこれはいけないことなんだと勘づいた記憶が蘇ってくる。なにか言ったらいけないことのような気がして誰にも話さなかった。口に出したのは初めてだ。早熟すぎ、と沙保の肩口でくすくす笑う声が聞こえる。
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