0人が本棚に入れています
本棚に追加
「蝋人形ですよ。マダム・タッソーと同じです」
スーツベスト姿の男が笑いながら答えた。
いつの間にそこにいたのだろう。
「驚きました……。リアルですね……。すみません、勝手に見てしまって」
サキは頭を下げたが、ハナはまだ呆然としている。
「こちらこそ驚かせてしまいました。自由に見ていただいて構いませんよ」
男は、青年にも中年のようにも見えた。
「本当びっくりしました!この美術館、来てよかったです」
ハナは自分が美人だということを知っていて、いつもこんな風に振る舞う。
「美術館と言えるかどうか……趣味でやっている、小さな展示ですので」
「いえ、どれも本物ですよ」
「本物、ですか……。」
男は目を閉じた。
「私は最近、本物の芸術について考えるようになりました」
「「本物の……芸術?」」
「そうです。確かに絵画や仏像、音楽は美しいです。
しかし、自然以上の芸術はないと感じています」
「はあ……」
ハナは困ったような、笑い出しそうな表情を浮かべる。
「現実の植物や動物……人体のデザインほど洗練されたものはありません。本物の人生ほど美しいものはない」
男は澄んだ瞳をしていた。
「ところで、お二人は学生さんですか?」
「はい、卒業旅行で」
「今日で帰るんですけど、まだ帰りたくなくて寄ったんです」
「そうでしたか……」
男は少し考える素振りをして、言った。
「私の芸術に協力してくれるなら、もっとこの場所に居られるようにできますよ。アルバイトみたいなものです」
「えっ!いいんですか?」
ハナは乗り気だった。
「芸術を愛する同志じゃないですか。遠慮はいりません」
「でも、ご迷惑になるので…」
サキは本能的にこの男が怖かった。
「良いじゃない。用事ないでしょ?あと何日か遊んで帰ろうよ」
「でも」
「サキはいつもそう! 真面目でつまんない」
ハナは言ってからしまったという顔をしたが、遅かった。
「……あなたは良いよね。最初から、ハナのまで、そのままで良いんだから」
レイは部屋を飛び出すと、1人で美術館を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!