芸術を愛するモノ<1>

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「蝋人形ですよ。マダム・タッソーと同じです」 スーツベスト姿の男が笑いながら答えた。 いつの間にそこにいたのだろう。 「驚きました……。リアルですね……。すみません、勝手に見てしまって」 サキは頭を下げたが、ハナはまだ呆然としている。 「こちらこそ驚かせてしまいました。自由に見ていただいて構いませんよ」 男は、青年にも中年のようにも見えた。 「本当びっくりしました!この美術館、来てよかったです」 ハナは自分が美人だということを知っていて、いつもこんな風に振る舞う。 「美術館と言えるかどうか……趣味でやっている、小さな展示ですので」 「いえ、どれも本物ですよ」 「本物、ですか……。」 男は目を閉じた。 「私は最近、本物の芸術について考えるようになりました」 「「本物の……芸術?」」 「そうです。確かに絵画や仏像、音楽は美しいです。 しかし、自然以上の芸術はないと感じています」 「はあ……」 ハナは困ったような、笑い出しそうな表情を浮かべる。 「現実の植物や動物……人体のデザインほど洗練されたものはありません。本物の人生ほど美しいものはない」 男は澄んだ瞳をしていた。 「ところで、お二人は学生さんですか?」 「はい、卒業旅行で」 「今日で帰るんですけど、まだ帰りたくなくて寄ったんです」 「そうでしたか……」 男は少し考える素振りをして、言った。 「私の芸術に協力してくれるなら、もっとこの場所に居られるようにできますよ。アルバイトみたいなものです」 「えっ!いいんですか?」 ハナは乗り気だった。 「芸術を愛する同志じゃないですか。遠慮はいりません」 「でも、ご迷惑になるので…」 サキは本能的にこの男が怖かった。 「良いじゃない。用事ないでしょ?あと何日か遊んで帰ろうよ」 「でも」 「サキはいつもそう! 真面目でつまんない」 ハナは言ってからしまったという顔をしたが、遅かった。 「……あなたは良いよね。最初から、ハナのまで、そのままで良いんだから」 レイは部屋を飛び出すと、1人で美術館を後にした。
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