魔女の指輪

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 そうして私は魔女の家に連れ去られたわけだが、初めて魔女の家を見た時は驚いた。すごく普通だったからだ。  ちょっと古めの木造一軒家だけれど、予想していたようななんだか怪しい魔女グッズ、みたいなものはほとんどなく生活感がある一般的な家だった。  驚く私に、ライラは言った。 「魔女らしさに期待でもした?ごめんね、でも今はもう中世じゃないの。魔女が常に魔女らしく生きるなんて時代は、もう昔の話なのよ」  言って、大きめのソファーに座った魔女がぱちんと指を鳴らすと、とんがり帽子やローブがぱっと消え、普通の主婦じみた、スーパーとかにいても特に何とも思わない服装に変わった。 「現代の魔女は周囲に溶け込んでいるものよ。ユーコも、別にいつも魔女らしい恰好をする必要はないわ。むしろ悪目立ちは良くないことよ、変に目立つと魔女狩りされちゃうかも」  冗談めかして笑うライラ。そして、それから彼女との共同生活が始まった。  しばらくの間は、単なる親子のように過ごした。一緒に遊んで、食べて、話をして。私はライラのことを知り、ライラは私のことを知った。  魔女の弟子として特別なことは何もしなかったが、よくちょっとした魔法――たとえば、私の折った折り紙を飛び回らせたり、お気に入りのぬいぐるみを動かしたり――をライラは見せてくれた。それだけで私は楽しかったし、彼女のことが大好きになった。  ある時、眠れないからとライラのベッドに来て、二人で添い寝している時、彼女が子守唄を歌ってくれたことがあった。  何語なのかもわからない、聞いたことのない歌だったが、とても優しく、温かい響きを持った歌だった。 「その歌、何?」 「魔女の子守唄。名前はないわ」 「それも魔法なの?よく眠れる魔法?」 「いいえ、これは普通の歌。でも、落ち着くいい歌よ」  それだけ言って、また歌い続けるライラ。私はその歌と頭を撫でる彼女の手に安らぎを感じ、うとうととしてきた――そうして目を閉じようかという時に、ふと指輪が目に入った。  ライラの左手の薬指に、赤い宝石の指輪がはめられている。この時の私はその位置の指輪が一般的には結婚指輪であるということを知らなかったので、彼女が以前に結婚していたかどうかということには気が回らなかった。  ただ、その宝石の深い赤色がとても綺麗だと、それだけを感じて私は眠りについた。  それから、何度もライラと一緒に眠ったし、彼女は何度も魔女の子守唄を歌ってくれた。私は次第に、彼女を本当の親だと思うようになった。  実の両親は何一つ私に親身になってくれなかったものだ。子守唄を歌ってもらったこともないし、一緒に眠ったこともない。甘えた所で、父に殴られるか面倒そうに放り出されるだけだった。  今思うと、母は私が物心つくまではまともだったのに、途中から精神を病んでいたという可能性も考えられる――だがしかし、6歳の子供にとってはそんなことは関係ないのだ。  私は優しい母親が欲しかった。魔女ライラは、私にとってはずっと求めていた、親子の愛情を与えてくれるひとなのだ。私はライラを本当の母と思い、心から慕っていった。 「お母さん、って呼んでもいい?」    ある時、私はついにそう聞いてしまった。ライラは少しきょとんとした顔をしてから、いつも通りの笑顔で「ええ、あなたがそう呼びたいなら」と答えてくれた。 「じゃあ、お母さん!」 「うふふ。優子」 「お母さん、お母さん!」  私は喜んで抱き着き、ライラは私の頭を優しく撫でてくれた。  私は本当の母を得た、とこの時思った。血が繋がっているかどうかは関係ない、ライラは本当の家族、本物の親なのだと。  数年経ち、私はライラの紹介で、とある訳ありの小中一貫校に入学した。  世間的にはある宗教法人の学校ということになっているが、実際には魔女の弟子や家族、人狼や吸血鬼の血を引く者達など、世間に大っぴらにはできないオカルティックな人々が通う学校だ。  日本にはそうした学校がいくつかあり、そうした魔術やオカルト的な――ライラいわく「影の住人」の子供達は、皆そこで一般的な勉強と、魔女や人狼についてのオカルト的な勉強の両方をやるのだという。  やはり子供にとって、魔女の弟子だとか人狼だとかいった自分の特殊な才能とでも言うものは周りに自慢したくなるものだ。だからこそこういった専門の学校で、世間を騒がせてはならない、隠さなければならないということをしっかりと学ぶのだと言う。  それに、秘密を共有できる同年代の友達がいるということはいいことだ。私にもたくさんの友達ができた、人狼の男の子や、吸血鬼の血を引くという女の子。ゾンビやゴーストを操る死霊術師の一族という子とも仲良くなった。  子供らしい細かな事件は何度かあったけれど、ライラや先生方の協力もあり、結果的には6年間の小学生生活をとても楽しく過ごすことができた。  私が中学に入った頃から、魔女の弟子としてのライラの指導が本格的に始まった。魔術的知識の基礎を既に小学校で学んでいた私は、比較的スムーズに彼女の指導を受け、魔女として成長していった。  これは学校でも、ライラにも何度も言われたことだが、現代の魔女の在り方は「社会が取りこぼした者たちの救い手」だと言う。  それは両親に虐待され死にかけていたかつての私のように、一般社会では助けることができない者達を探し、救うということなのだろう。  過去の私と同じような悲惨な境遇の子供達、今の社会では救うことができないような人々を助けられるなら、私にとってとても素晴らしく、意義あることだと感じた。そのためにも、私はライラのように立派な魔女になりたいと強く願うようになった。  ある時、学校で私は興味深い講義を聞いた。魔女の中でも上位に位置する大魔女たちの話と、そして魔女の指輪の話だ。
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