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「…来てくれたんだな。」
「風邪引かれて、こっちのせいにされたくないもの。」
5時少し前に到着したが、すでにこいつは待っていた。
夜明け前の、まだ暗い空の下。
手すりの向こうに、長く伸びた川と、線路がうっすら見える。
春になると、ここは桜が咲いて花見のスポットとなるが、それ以外では子どもがたまに遊びにくるぐらいの小さな空き地だった。
普段から、人気のない場所だが、夜は一層と寂しい場所である。
懐かしそうに空き地を眺めるこいつを、私は冷めた目で見つめた。
そういえば、先に「さよなら」を言ったのは、どちらだったのだろう。
私だったのか。
それとも、目の前のこいつか。
どちらにしても、お互いいつかは別れなければいけないと、理解はしていた。
もしかしたら、ちゃんとしたお別れはしていなかったのかもしれない。
……いや、そんな事どうでもいい。
もう今では、蓋をしてしまった過去。
思い出す気はない。
でも、この場所はいけない。ずっと避けていた。
こいつと出会った日も、最後に会った日もここなのだ。
「あぁ……いい夜だなぁ。それに月が綺麗だ。」
先に話し出したのは、向こうだった。
昔の私が惚れた、穏やかな笑みを浮かべて。
再会の第一声が、いい夜だって?月が綺麗だって?月なんて出ていないから、その言葉の真意はそういう事になる。
いつの間にそんな、ロマンチストにでもなったのか。
7年も経てば、人は変わって当然。
こいつにも、人としてのまともな感情が芽生え、本気で口説き落とす女が出来たのならば、こんな言葉もスラスラ出てくるのだろう。
私の知らない7年の間に、そんな女が出来たの?
私にしか見せないその表情を、他の人間に向けたというの?
何を馬鹿な事を…。
「そんな台詞、よく吐けるようになったわね。私には通用しないけど。」
「はははっ。だろうなぁ。つうか、俺もはじめて言ったぜ。頭の軽いキザ野郎しか、今時使わねぇよ。」
品のない笑い声。
人を見下した黒い笑み。
ああ、やはりこいつの人前での顔は昔のままだ。
他者を見下し、思い通りに操って遊んでは、むごい捨て方をする。
それがこいつ。
こいつが人間らしくなったり、誰かを愛したり出来るはずはない。
私がよく知っている。
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