7年越しのさようなら

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つい、上げてしまった声。 口を塞ごうにも遅かった。 「あ……。っ。」 「?」 気づかなければいいのに、向こうはこちらを振り返ってしまった。 そして駅の人混みの中、私の姿をとらえる。 目を丸くしていた。 闇色の瞳に、同じように驚き立ち尽くす私の姿が、映り込んでいる。 「……紗知。」 ぼそりと私の名前を呼ぶ。 愛しかった穏やかな声。 昔の面影を残し、大人な男性へと成長した姿。 人生の全てがつまらないと言いたげな、気だるげな表情。 全てが、私の嫌な記憶を呼び起こそうとする。 逃げたくなったが、身体が動かない。 しかし、今さら逃げても、目の前の人物がさっと腕を掴んできたせいで難しい事だが。 「少し話せないか。」 「……え?」 「……あの場所で待っている。明日の夜明け前、5時頃がいい。来てくれ。」 待っている。 そう言い残し、私の腕を離した。 あっという間に人混みに紛れて、見えなくなる。 「……何それ。」 相変わらず、私の気持ちは無視なのか。 いや、昔よりもやや低姿勢な物言いになった辺り、まだましなのかもしれない。 気乗りしないが、昔から面倒な男だった。 断る方がきっと厄介な事になる。 そう思いながら、私は駅から出た。 私の好きな紺碧色の空がやって来ていた。
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