生暖かさ

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生暖かさ

臭い、とても臭い。 獣の臭さ、血の臭さ、何よりも人の悪意の臭さだ。 あいつのジトッとした眼を思い出す。 「気持ち悪い」 あいつの眼は本当に気持ち悪い。 その眼は陰湿で、全てをまるでわかったように人を見る。 「自分が一番子供で、何もわかってないくせにな」 あいつは、知的で博識、深くひとを分かった風でいる。 気取り方までもが、湿っている。 あいつのコート、背の高いあいつに、すごい似合っている。 後姿は悪くない、けれども前からみると 「なんだこの臭さは」 より一層臭いが立ち込める。息をするのも、苦しい。 喉にへばりつくようだ。 咽頭から、腹の奥、腸に至ってまで、この臭さで満たされているようだ。 「くそったれめ」 なんでこんな目にあっているんだ俺は。 ギシッ、、、ズッ、ズリッ、、、ギシッ、、ズッ、ズズズ、、、 床の軋む音と共に、何かを引きずるような音が聞こえる。 グォーーー、、、ハァーーーーー 深い呼吸音が聞こえる。まるで獣のようだ。人間のものなのか?これは。 なんなんだ、ここは本当に。古い西洋建築?なのか。暗くてよく見えない。 床はフローリングだ、古い上、ところどころ軋んでいた。 埃臭さも最悪だが、移動するにも、移動できない。 スー、、、ハー、、、、、、、スー、、、 ゆっくりと呼吸を整えないと。 落ち着いていくにつれて、あいつの顔を思い出す。 むかつくやつだ。僕からたくさんのものを、、、 いや、僕が選んだ道だったか。僕の甘さだ。 まだ納得は、出来てないけど、分かってる。 「変な髪形のくせに」 囁くように言った。 ドンッという鈍い音共に、揺れた、床も、空気も。 ばれた。早く逃げなくては。 逃げるのは得意だ、いつだって逃げてきた、色んなことから。 早く、早く、、、 足に力が入らない。なんで。 どうしよう、どうすればいい。 ギシッ、、、ギシッ、、、、、、、ギシッ すぐそこにいる。 すぐそこにいるのに、あの化け物の呼吸が聞こえない。 激しく胸打つ心臓が、全てをかき消そうとしてる。 音も、僕の命も。 必死に生きようとしている僕の心臓が、僕を殺そうとしてる。 何も聞こえない、心臓の音が、恐怖を掻き立てる。 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ 酸素を、、、少しでも取り入れないと。少しでも落ち着かないと。 ズズッ いつの間にか鼻水が呼吸を妨げていた。 落ち着いてきた。やっと、周りの音が聞こえる。 あの怪物の呼吸音が聞こえてきた。随分と近くにいるようだ。 なんとか、まだ生きてる、ギリギリ。 頼む、通り過ぎてくれ。怪物の呼吸音は聞こえるが、動いてない。 何をしているんだ奴は。 それにしても奴が、近くにいるせいか臭いがより強まった。 何て臭さだ。血生臭さだけではなく、生ごみのような臭い。 最悪の臭いだ、、、 落ち着いてきたせいか、悪態をつけるようになってきた。 いつになったらこの状況を脱せるのだろうか。 早くどっかに行ってくれ。 臭いもそうだが、体にまとわりつくような生暖かい風がどうにも気持ち悪い。 そう、生暖かい、風。 顔をあげたら、眼が染みた。 涙が出た。 鼻水も、汗も、糞尿も、止めることができなかった。
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