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「康士様、あちらにいらして。
わたくしのピアノを聴いていただきたいの。
今日のために、たくさん練習したのですもの」
蓉子さんは私の存在など無視して、壬生様の腕に自分の腕をからめる。
「では、私はこれで失礼いたします」
私は何か言いたそうな壬生様に向かって言い、邸内の方へ歩き出す。
「お寿々!」
掃き出し窓から兄が顔を出して呼んだ。
「こんなところにいたのか…神田様もお待ちだぞ」
私は「ごめんなさい」と言いながら兄に近づいた。
後ろから「寿々さん!」と壬生様の声がして、私と兄は振り向く。
「また、お会いしましょう」
壬生様は蓉子さんにまとわりつかれながら、私に手を振った。
私はどうしていいか判らず、とりあえず頭を下げる。
「え…なんだ、壬生様となにかあったのか」
兄は大広間に戻りながら、驚いたように私に訊いた。
私は「少しお話しただけ。ミルクティを飲む間だけ」と答えて「もう帰りたい」と兄を見上げる。
「うん、もう帰ろう。
神田様にご挨拶してからだな」
言いながら兄はもう一度振り返る。
「ところで、壬生様と一緒にいらしたご令嬢は…
松ヶ崎男爵の姪御さんだよ。
男爵のご縁で仲が宜しいんだろうな」
「青木子爵様の周りはすごい世界だな、本当に。
少しでも食い込みたいよ、田舎者なりに」
興奮したように話す兄を見て、私は重いため息を吐いた。
私はもう二度とごめんだわ。
こんなに華やかな世界は私には似合わないし、田舎者だからってバカにされるのもからかわれるのもうんざり。
ミルクティは、とても美味しかったけれど。
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