第2章 (1)製糸所 

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1.  翌日からはまた、日常が戻ってきた。  朝起きて家族と朝食を済ませると、下働きの少女と共に歩いて仕事場に向かい、一日蚕の世話をしたり生糸を取り出して紡いだりして、帰るだけの日々。  兄もまだ嫁をもらっていないので(それどころか農家を継がないとか言い出しそう)、家事は母と女中がやっている。  朝晩は少しずつ冷えるようになってきて、井戸端で冷たい水を使って洗い物などをする下働きのお道の手は、早くもあかぎれてきている。  しかし、女中頭のお竹によると、那須疎水と呼ばれる用水路が開削されて井戸ができてからは、遠くの川まで水汲みに行く必要がなくなっただけ小女の仕事は楽になったという。  私が幼いころに那須開墾社という組織ができて、官有地を借りてこの不毛の地と言われた那須野の開発を始めて街道を整備し灌漑し、華族様の農場などもできて今では豊かな土地に変わった。  鉄道を敷く事業なども始まっているそうで、この辺りはその工事のための人が集められ、食い詰めていた小作人や農家の次男三男なども仕事にありつけるようになったという。  この先、まだまだ豊かになっていくと、父は胸を張る。  そんなにうまくいくのかなあ…?  私ははしゃぐ大人たちを少しナナメに見ている。    そういう年頃なのだ。  田舎の農家の娘にしては、寺子屋よりは少し格上の私塾に通わせてもらって頭でっかちの上に、嫁にも行かずただ若さを浪費しているような毎日。  那須の発展より、私の行く末だよ…  父は一体、どう考えているんだろう。
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