第2章 (1)製糸所 

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 「私は、先日青木子爵様のところであなたにお会いして、いろいろとお話をしてあなたのことをもっと知りたいと思ったのです。  話をしていてとても楽しく時間が経つのを忘れました。  そんなことは初めてで…」  「あなたの聡明な頭脳、愛らしい仕草、素敵な笑顔に惹かれました。  今日も、私の方からお父上にお願いしてこのような機会を作っていただいたのです」  大人ってやつぁ…  私は加藤様の言葉がとても嬉しかったのだけど、最後の言葉に呆れた。  お父さん、そんなこと一言も言ってなかったし!  「そ、んなこと全然父は申しておりませんでしたし…」  上手くいけば支援金を引き出せるとか、なんかそんな言い方だったけど!  加藤様はまた私に近づいて手を取る。  「あなたとなら、事業もうまくやっていけそうな気がする。  私はいずれ父の商社を継ぐことになりますが、その商売だけでなく、絹織物の自社製品を作りたいと思っています。  それを商標化して、加藤商事の専売にしたい」  なるほど。  私は、加藤様も色恋ずくだけで私を娶りたいと思っているわけではないのだと知った。  結構、やり手なのかも…  「豊かで広大な有用の地に変貌したこの那須野で、あなたと家庭を作り事業も大きくしていきたい。  どうか、私と一緒になってくださいませんか」  私は突然の求婚に、困惑して加藤様の手から自分の手を外す。  今、一瞬、誰かの面影が、私の脳裏を()ぎった。  あれは…背が高くて痩躯で、端正な顔立ちの…    壬生康士様。  
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