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2.
私が驚いて立ちすくんでいると、馬車から降りた壬生様は辺りを見回して、私に気づいた。
「あっ…寿々さん?!」
と言うなり、駆けだしてこちらへ近づいてくる。
「何故…」
呆然と呟く私の目の前に立った壬生様は、帽子を取って「そ…れは私の科白ですよ」と息を切らしながら笑う。
「あれから、また寿々さんに会いたいと、那須での滞在を延ばしておりました。
毎日あなたを思って鬱々と過ごしている私に、エリザベート様が西洋風の建物のあるこの製糸所を紹介してくださって、一人で来たみたのですが」
まさかここで寿々さんに会えるとは、とはにかんだように言う壬生様は何となく可愛く思えて、私は笑った。
「さすがに外国仕込みでいらっしゃるだけあって、お口がお上手ですわ。
本当にそう思ってくださっていたのではないかと、錯覚してしまいます」
私がそう言った途端、両肩を強くつかまれた。
焦ったような表情の壬生様が、私を真剣な瞳で覗き込む。
「違う!
あなたは私を誤解していらっしゃる。
あの、星空の下での会話のひとつひとつが、私には珠玉の時間だった。
ミルクティを飲んで嬉しそうに笑った、あなたの笑顔が忘れられない」
私は顔が赤くなるのを感じて、思わず下を向く。
心の蔵がドキドキと激しく胸の中で暴れて、息苦しいほどだ。
壬生様がこんなふうに言ってくれるなんて。
嘘でも嬉しい。
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