第1章 (1)落成式

2/10
19人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
1.  「どうしてもいかなきゃダメなの?」  私は何度目かの同じ質問を、隣に乗る父にぶつける。  まだ全然舗装もされておらず、未開発の田舎道をひた走る人力車の揺れは酷く、父は何か話そうとするが舌を噛みそうになって黙り、ただ首を横に振る。  慣れない洋装のせいで、お腹が苦しい。  私は車酔いしそうな胸やけをなんとか抑え込むようにうつむいて、揺れに耐える。  この不毛な那須野が原の地に、明治御一新の後次々と華族の農場ができ、それに伴って灌漑事業や田畑の整備も進んで、一帯はほんの少し前と比べても見違えるように変わった。  私、中島寿々は、明治以前からこの辺りの土地を預かる庄屋の娘で、今年17歳になった。  普通ならとっくにどこかへ嫁いでいる年齢だけど、当主である父は私の結婚相手に関して何かを目論んでいるようで、私はまだ眉も剃らず鉄漿(おはぐろ)もつけず、家にいる。  今日は、政府の外務次官の要職にある、青木周藏子爵の別邸がこの那須に完成し、その祝賀会と落成式があるということで招待に与り、父と兄、そして何故か私までが農場に向かっている。  
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!