カウント10

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 私はファッションデザイナーという仕事柄、インスピレーションは強い方だと思う。それでも超常的な体験はしたことがない。もうあんなことはたくさんだと思う反面、あの奇妙な幻覚をもう一度確かめたいというひそかな期待を捨てることもできなかった。  もうそろそろ閉館の時間だ。観客は徐々に出口に向かっている。私もそろそろ行かないと……。何といっても、ただの絵なんだから。時を超えて移動することなんてできはしない。  きっと和範がお腹を空かせている。小学校の学童にいる息子のことが気になった。その時、私をあざ笑うかのように、いきなり頭痛が始まり、私は思わず、しゃがみこんだ。美術展にはもう誰もいないはずなのに、壮麗な広間に着飾った男女が集っているのが見えた。ざわめきは小さくてよく聞こえない。  しばらくすると幻覚は消え、展示会場はまたもとのようにひっそりと静まり返った。私は立ち上がり、懸命に心を落ち着かせた。あれはきっと私の創り出した幻想。変なところで想像力が働くのも困ったものだわ。
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