⑦『死霊のえじき』(1985)

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「前から思っていたのだけれど」  二人だけのセッション終了後、新貝(しんかい)は実に不吉な前置きをしてから言った。 「城島(じょうじま)には、具体的な生きる目的はないのかい?」 「……ええと」  当時の僕は、生きる目的どころか目の前に迫った高校受験の目的だって見い出せてはいなかった。だからしばらく言葉に詰まった後、素直に「ないよ」と答えた。それを聞いた新貝は、聞き分けの無い子どもにどう話すかを思案する大人のような顔を見せた。 「物語には目的がないといけない、と私は思う」 「目的?」 「うん。  今日やったシノビガミで言えば、秘密に書かれた『本当の使命』だね。漫然とやるべきこともわからずにプレイするTRPGなんて苦痛でしかない。  見習いキーパーは、セッション前にきちんとプレイヤーに説明する必要がある。 『このセッションのゴールはこれこれこういうものです』  とね。小説や映画だってそうだ。漫然とした、漠然とした物語に読み手は付いてこない。いや、付いていけないと言うのが正確かな。つまり何が言いたいのかと言えば、だ」 「はい」 「君も何か目的を持って生きてほしい。読者としては観ていて不安になる」 「新貝と結婚したい、とか?」 「…………」 「…………」 「…………そういうのを冗談めかして言わないでくれ」 「ごめん」 「許さない」 「ごめんなさい」  新貝はもはや応答することなく、ため息、頬杖、ジト目の三連コンボで僕を責める。心地よくも心が痛む針の筵である。僕は自分の失点を取り返そうと必死に言葉を接いだ。 「し、新貝の目的は、やっぱり小説家デビュー、とか?」  僕の狼狽を丁寧に眺めた後、新貝は口元を僅かに緩めて言った。 「私の目的はもっとシンプルだ」 「どんな?」 「―――――――――だよ」 「……それはまた」  僕がその言葉を述べたら、多分ただの戯言に聞こえたことだろう。だが、新貝が口にすると実に深遠な目的に聞こえるから不思議だった。 「僕もそれに付き合わせてくれないか?」  ご機嫌取りでは決してなく、反射的にそうきいた。 「……その発言は、さっきの『新貝と結婚したい』と大して変わらないって気づいてるかい?」 「あ」  間抜けな声が口から漏れる。  新貝はしばらくジッとこちらを見ていたが、やがて吹き出して呆れ半分、愉しさ半分といった風に言った。 「そうだな、それもいいかもしれない……おっと、言い方が違うね。『それが』、いいかもしれない」  そんな会話をしたにも関わらず、僕はそれからも新貝を心配させ通しだったわけだけれど。  僕の平凡な人生に伏線めいたものを探すなら、あの日の会話は確かにその一つだった。すべてが終わってしまった今、あるいは新たな始まりを迎えた今、僕はそう確信する。 [⑦『死霊のえじき』(1985) 続]
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