ショウマストゴーオン 29

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ショウマストゴーオン 29

ショウマストゴーオン 29 すこーんと抜けた青空だった。 言わない約束になっていたのに先生かおたかさん、あるいは二人共が言いふらしたのか何故か旅館の前に人だかりができていて、街の皆が旅の供にとお菓子やらお土産やらを山のように持ってしばしの別れに来てくれた。 思えば前のオレもこうやって帝都へ帰った事を知っている人も少なくない、だからか彼等に悲壮感は無かった。 なんだかオレは魔界へ行ったが最後、戻って来れなくなるみたいで淋しさもあったがるうさんの面倒は皆が見てくれるというし、るうさん自体は元気でぴんぴんしている。 だったらオレが壊れても銀がここへ連れて戻ってくれるだろうしその事はオレを少し落ち着かせた。 「ケイ、今日もとてーも綺麗」 銀はいつも誉めてくれるので調子に乗ってしまう。オレが陽気に笑っていると、るうさんがやって来て約束の挨拶の手紙を呉れた。 「中は見るなよ」 オレはお菓子などとともに手紙をしっかりトランクに詰めた。 「ケイ行くよ!」 銀が旅館の端から呼んだ。 オレがるうさんに抱きつくと、るうさんはぎゅうと強く抱き締めてくれた。 口をへの字に曲げてるうさんは終始不機嫌そうだった。それは、自分をのけ者にしてオレ達だけ魔界へ行って、おそらく自分の恋人に会いに行くのだろう、と判っているからだと思ったけれど、強く抱き締めてくれて、それはオレを愛しいと思ってくれてるからかなあ、と嬉しくなった。 るうさんの気持ちがオレに染み渡るようで、オレは絶対に無事に帰って来なくては、とこころに誓った。 皆を見上げると任せておきなさいという様に皆頷いてくれている。オレはるうさんから離れて銀へ駆け寄った。 オレが皆の輪から出て駆け寄ると、銀は判らない言葉でぶつぶつ呟き旅館の門を勢い良く開けた。 すると街の大通りへ出るはずが、一面もやのどんよりした空間が先に広がっていたのでオレは驚いた。 銀かるうさんが魔法でも使って魔界へ繋げてしまったのかな、すごいなあ。 オレは腰が引けたけど見れば確かに頼り甲斐の増してきた銀が一緒だから平気だい!と自分に言い聞かせた。 第一オレが行くって言い出したんだし! オレは銀がくれた首飾りを握り締めた、これがある限り怖くない。 オレと銀は固く手を繋ぎ皆に深くお辞儀をすると、振り返り扉の向こうへ思いきって飛び込んだ。 ++++++++++ しばらく足元から地面が消えたような感覚が続いて、怖くて目を瞑ったまま銀にしがみついていたら、銀が、 「もう怖くないよ目を開けて」 と言うのでオレはそっと目を開けた。 周り一帯はさっき見た霧がやや晴れ、上空からは下の景色が窺い知る事ができた。 何故歩いて飛び込んだはずが空に浮かんでいるのかは判らなかったけど、銀が腰を抱いて浮遊してくれているので真っ逆さまに落ちる事はなくてほっとした。 「街があるの?」 「あるよ、魔界にも色々住んでるから。どこかに降りてみよ」 銀はそう言うとすいと地面に向かって下降を始めた。 オレはその途端胸が圧力を受けたように押されるのを感じて息が苦しくなった。来た早々動けなくなるのは勘弁してくれよ、と自分の身体を励ます。銀はオレの変化に気付いて、 「どうしよう、降りるのやめる?」 と声をかけた。大丈夫、きっと慣れるからと返してオレは下へ降りてとお願いした。 障気というより強い魔界の人達の気が渦巻いているのだろう、オレは初めて銀が屋敷へやって来た日、すごく風が巻いて部屋がぐちゃぐちゃになった時を思い出した。 対峙すると気で圧されてしまうのだろう。 ふわりと地面に降り立つと、街の郊外みたいな自然の多い所だった。 温泉場は雪もちらつき、冬の入りばなといった時期だったのだけれど、ここは四季が無いのか、はたまた季節の巡りが違うのか、道端には色とりどりの見かけぬ花が咲き春の初めといった雰囲気だった。空気もぬるくて過ごしやすそうで安心する。 風景もとんでもなく異空間と言う事は無く、帝都のお屋敷の丘に似ていて、予想に反したのどかな風景にオレは拍子抜けした。 動悸もやがて少しづつ落ち着いてきて、慣れてきたからかもしれないけれど、でも強い気の渦巻くこの世界に長くは居られないんじゃないだろうか、とオレは直感で悟った。 「銀ここはどこ?大悪魔さんのお屋敷の近くじゃないの?」 銀はきょろきょろとあたりを見回し、色々気配を探すような素振りをすると、 「とりあえずどこか門へ辿り着かないとね。こんな田舎に降りちゃったよ」 と小走りに丘の向こうへ消え、しばらくすると目当ての場所が見つかったのかまた舞い戻ってきた。オレがきょんとその様を見ていると、銀は後手に何か隠していたものをぱっとオレに見せた。 「ケイ、綺麗でしょ。あげる!」 銀は短く手折った花をオレの髪に挿した。オレは相変わらず直球な銀の優しさに気恥ずかしさを覚えながらも素直に喜んだ。少し緊張していたこころが銀のおかげですっと軽くなり和む。 青い着物に映えた、大きな透き通るような花弁の青い花。こんな深い色の青い花は見たことが無かった。たしか世界には青い花は無いって言う話だけど、魔界にはあるのかな?魔界に来て初めての、魔界らしい贈り物だ。 銀はオレがずっと緊張していたのを知っていたのかもしれない、笑顔を見せたオレを満足そうに眺めると、 再びオレを抱えて、街らしき建物が細々と見える遥か先へ飛んだ。 銀が言うには魔界の中央には強い結界が張ってあって、そこへ入るには、ちゃんと審査など受けて入らないといけないらしい。 こんな所は普通の世界と全く変わらないんだな。 雑多で熱気に満ちた感じも帝都に似てる、でも人の多い街中に来て強い気が更に濃くなったのか、降り立ったとたんにオレは再び強い衝撃と眩暈を感じた。 目の前にちかちかと無数の星が舞い、ふらついて銀に倒れかかると、銀はオレの腕を掴んだけど身体までは支えきれず、オレは地面にへたり込んでしまった。つい先程、はじめに丘に降り立った時とは比べ物にならない程の胸の痛み。なにかが身体の中を逆流するような感覚。 銀は焦り後ろからオレを抱きあげようとしてくれる。 審査のため門の前に並んでいた周りの人達が不思議な目でオレ達を見ているのが感じられる。でもオレが魔界のものでない事が判ったのか、化け物でも見る目でオレを見つめた。魔界の人達からしたらオレのようなのは不気味なのかもしれない。それとも……。 「どうしたの?具合が悪いのなら私の屋敷がすぐだから家で休むと良いよ」 ふと、群れの奥にいた穏やかそうな着物の人がオレを覗き込みながら声をかけてくれたけど、銀はその手をつっぱね、 「ケイに触るなっ」 と言い放った。 「おや、お前マアサかい?……私だよ、判らないかい?……」 きっと魔界へ来る前銀が教えてくれた、人形や人間を狙う人さらいだと警戒しての事だと思ったけど、正直その人の助けを借りたい気分でいっぱいだった。 いや、それより門を越えるまでもつかどうかも怪しいけれど。 そんなうちにいよいよ体が動かなくなってきた。ぐらりと上体が傾く、ああ、挿してもらった花が髪から落ちそうだ。周りの騒ぎに、門の向こうから役人らしき姿が数人でこちらへ向かってきた。 もしかして、オレ入国させてもらえないかもしれない。 その着物の人がオレの二の腕を掴んだ。 と同時に銀が逆の腕を掴み、強く引っ張った。 うん、辛いけど銀と居たい。 オレの記憶は、そこで途切れた。
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