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ショウマストゴーオン 31
ショウマストゴーオン 31
心でずっと呼んでいるのに銀は音沙汰無く、会いたい思いがどんどん募っていった。
「お兄さんはオレの兄弟……マアサ?のお友達?」
オレが言うと、長身の涼しい顔のお兄さんは、何度か自分を指差し、たつ、たつと言って笑いかけた。そうか、きっとたつさんていう名前なんだ。少し言いにくいのでオレはたつさんをたっちんと心で呼ぶ事にした。
たっちんは少し照れ臭そうに笑い、オレをまたじろじろと見つめた。それは、少しだけ銀の熱い瞳に似ていて、ああ、もしかしてたっちんはオレとマアサが似ているからそんな熱い瞳でオレを見るのだなと感じた。それを見ていた着物の美人さんは、
「なかなか友達から先へは進めないんだよね?可哀想に」
と茶化した。
マアサはきっとオレと違ってとても性格の可愛い子なんだな、だからきっとたっちんはマアサの事が好きなんだ。
気がついた時には暗闇が舞い降りてきていたので、今夜は着物の美人さんである了(りょう)さんの屋敷に泊めてもらう事にした。たっちんは一緒に暮らしている訳ではないのか、夕御飯を食べる間から帰るその直前までなにかを熱心に話しかけ続け、帰っていった。
たっちんは感じの良い人だけど、帰ると知って少しほっとした。言葉が通じないのは正直気を遣うし、言葉の判らない分たっちんはオレを妙に熱い瞳で見るからだ。
オレはマアサではないのだから、じっと見たって駄目だよ。
「魔界の者でも人間界で暮らしたり、勉強した者は言葉が通じるんだけどね。龍の子もそうだろう?大丈夫、ナルも通じるから」
了さんはナルさんと昔から知り合いなのかな?
だったらるうさんとの事も知ってるのかな?
オレは色々聞きたい事が山のようにあったけど、実際は何も口にすることができず黙っていた。
了さんはほっそりした体つきが着物の上からでも判り、中性的な人だ。悪魔なのかも龍なのかも判らなかったけれど、とりあえず外見上は人間とはなんら変わり無いのがオレには安心だった。
それにオレを変な目で見たりする事もなく、食事も全く普通のものでおいしかったので、オレは警戒心を少し解いた。
「あの、銀はぶたれたりしてないかな。すごく怒られたかな」
「うーん。たぶん監獄に入れられてるとは思うけど……今、監獄のあるじは中央にいないから、不幸中の幸いってやつだね。まあ、塔を直すお金と保釈のお金を払えば出られるかなあ」
オレはくにゃりと目の前が歪んだのが判った。
魔界監獄ってどんな所?
縛られてたりするの?
それにお金なんてない……。気が遠くなる。
「ナルにその事も頼もうね。私も少しなら力になれるから」
それはお金を貸してくれるという事だろうか。
「そのかわり少しお話しよう」
き、きた!きっと人形なのだから一晩自由にさせろってやつだな!オレは身構えた。
でも、断ったら銀の手助けしてもらえなくなるのかな、それ所か今すぐ追い出されるかもしれない。その方が恐怖だ。
でもどうしよう、銀ともまだ最後まで経験ないのに……。
オレが青い顔で考えている内容が筒抜けだったのか、とたんに了さんは笑いながらとりなした。
「違うよ、変な事じゃなくて。お前さんは、あの丘のお屋敷から来たのかい?どんな所?」
「え?オレ達のお屋敷を、知ってるの?」
了さんは、以前こちらの世界に住んでいた事があるそうで、遠い昔、ナルさんに会いに帝都のお屋敷まで来た事もあると言った。たくさんの世界を行き来するうちに、言葉や色々こちらの文化などを学んだらしく魔界の人といってもすごく友好的な人だった。
オレは良い人に助けてもらったんだなと心底ほっとした。
オレの話するうさんのお屋敷や帝都での事を了さんはふんふんと面白そうに聞いていた。
「帝都にも魔界の人がいました。羊みたいな角の悪魔さんです」
「ではそれはミサだね、マスだったかな?今の名前は違うかもしれないけれど」
今は悪魔さんはタダという名で小さな子供と暮らしているとオレが言うと、了さんは悪魔さんとも見知りなのか、目をゆるやかに細めて、
「そうかい、見つけたかい」
とだけ言った。
オレは悪魔さんの恋人だったという神父さまという人を知らない。厳密に言えば前のオレは知っているのかも知れないけど、だとすればてっちゃん自体さえ昔の自分である神父さま時代の事は判らないはずだ。
でもそれでも、てっちゃんは悪魔さんが好きっていうのは、やっぱりどこかにこう、残るものはあるのだろうと思う。少し、自分と銀との事と重ね合わせて感傷的になってしまった。
「それでね、ナルが恋人と、お前たちの親の事だけれど、出会う前は魔界の身よりのない子を育てていてね、私たちもそうなのだけれど。ナルはそのミ……タダ?の親代わりだったのさ。それで恋人さんがナルを人間界へ召喚して独り占めしてしまったからって、もうモメにモメたのさ。二人は仲が悪かったんだよ」
いやもう今も仲は最悪です。
そういう因縁だったのね……。オレは気が遠くなった。
あれ、でもて事はもしかしてオレ達と悪魔さんて腹違いの兄弟みたいなもんだったりして?
「それで、お屋敷から魔方陣をつたって魔界へ来たの?」
了さんが再び好奇心に満ち溢れた顔付きで言った。まるでオレが大冒険をしてきたと思っているのか、退屈しのぎなのか、場をもたせるためなのかは判らなかったけれど、オレは帝都から療養のため高原へ行き、色々と自分の生まれを知って魔界へ家族に会いにきたのだと長々と話した。
「診療所のある高原へ行ったの?」
「はい、いつも具合いが悪くなるとその温泉場に行く事になってるみたいで」
するとここで、少し予想だにしない話になった。
「もしかしてその先生はヒトじゃないんじゃないかな?」
先生は確かヒトガタという動物が歳をとって成る妖怪だ。何故それを。
オレははっとした。
「了さんて、もしかして、先生といたおりょうさんなの?」
そんな事ってあるのか?オレは驚きおりょうさんをまじまじと見つめた。この人があの白髪でのらりくらりとした先生と一緒にいたんだ……。
こ、恋人だったのかな。いや、それ以上の奥さんだったかもしれないんだよね。でも、何故一緒でないのだろう?今先生と居ないのは、別れたから?逃げてきたとかかな……。おりょうさんはオレがあの高原から来たと判るとますます瞳をキラキラとさせて身を乗り出してきた。
「ナルに、湯治先を勧めたのは私だもの。伸(のぶ)は人間以外を何でも診る先生だからね。伸は元気だったかい?」
オレは、先生の傍に居るおたかさんの事だけ省いて、女将ジュンちゃんや番頭さん、板長さんや街の人たちの事をかいつまんで話した。
おりょうさんはふんふんと聞いていたけれど、もしかしたら、おりょうさんが居た時代には、まだ皆生まれていなかったかもしれない、と後になって気がついた。
「ヒトの世界を知りたくてね、人間界に行ったことがあった」
「それがあの高原だったの?」
おりょうさんは頷いた。
「天気を操ったり植物の成長を早めたりしていたのを街の皆に見付かって、何でもできる神様に奉られてしまったのさ。魔界の者だと言い出す事ができずにそれを受け入れてしまったんだ」
おりょうさんは眩しそうに目を細めた。
「ある時高原に千里を飛び越え悪事をはたらく凶悪なヒトガタという妖怪がやって来た」
「先生だね、おりょうさんが懲らしめたって聞いたよ」
「懲らしめたっていうか諭しただけだよ。根は優しい人だったから」
そんで、色々あって一緒に暮らしたりしたんじゃないの……。とオレは邪推した。先生を振り向かせたがっていた看護婦のおたかさんを思い出して、少しいたたまれない気持ちになった。
「おりょうさんは先生の、奥さんだったの?」
聞くとおりょうさんはからからと笑って手をひらひらと振った。
もう一つ、「何故おりょうさんは魔界に戻ってしまったの?」と聞いてみたかったのだけど、それはうやむやになってしまった。
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