ショウマストゴーオン 32

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ショウマストゴーオン 32

ショウマストゴーオン 32 その夜、初めに寝せてもらっていた部屋に帰ってオレはノオトに今日の出来事を書いた。 るうさんと別れ、銀と魔方陣を通って魔界へ来た事。 でも具合が悪くなって倒れてしまった事。 了さんとたっちんに助けてもらった事。 でも銀とはぐれてしまった事。 明日ナルさんとマアサに会える事。 了さんが先生の奥さんだったおりょうさんだった事。 銀がいないとすごく淋しい事。 銀に会いたい事。 終りの方は銀への事ばかりになってしまった。後で銀にこのノオトは渡すんだから恥ずかしいとも思ったけど、いいや!と開き直った。だって今の本当の気持ちだし。 明日にはなにをしてでも助けてあげるからね、もうちょっと我慢して。魔界じゅうの人に借金してでも、体を差し出してでも助けてあげる。 首飾りがきらきらと光った。 そのたびに銀が飛び出してくるかなと待ったけど、現れてくれる事はなかった。 おりょうさんもやっぱり、先生とめおとだった訳ではなかったと言って笑った。何があってこうなってしまったのか判らないし、おたかさんの事を言おうかどうしようか迷ったけれど、全部今は飲み込んでおいた。 魔界の者とそうでない者は、離れる事がさだめなのかもしれない。でも、オレは銀とは離れたくないよ。 オレは淋しくて一粒涙が流れた。 ++++++++++ 翌日、大きな赤いくるまに乗せられてオレは街を離れた森の通りまでやって来た。 くるまの中でもおりょうさんはマアサやナルさんの話、屋敷で見た銀の話をしてくれた。 「マアサもナルが恋人からもらった召し使い人形なんだろう?子供みたいに可愛がっているから。性格は君の方が活発そうに見えるけど、あの子は鞭とか持ってないしね。それに式神も持ってない」 オレは代わりに色々なものを与えてくれたのはるうさんという親で、その人がナルさんの恋人なんだと話した。 オレはやっと会いたかった人に会えるんだ。そして銀の事どうしたら良いか頼むんだ。 「あのう、ナルさんてどんな人?」 「ナルはね、やさしい悪魔だよ」 森を抜けると、ざあっとひらけて海が広がり大きな屋敷が見えてきた。 それがナルさんの屋敷だった。 海沿いの大きな洋館の前でくるまは止まり、おりょうさんは屋敷の前でオレ達と別れた。 「無事にあちらの世界に帰れると良いね、あの子と一緒に」 おりょうさんはトランクを渡してくれながら、たっちんには二人の間で通じる魔界の言葉で何事かを言い残した。 おもむろに細い指が伸びてきて、オレの頬をそっと撫でる。じっと瞳を、オレの心の中までも見透かすような静かな表情を向けられる。 オレは、先生のことなど、もっともっと話したいことはあったのだけど、一言だけ、 「あの、先生は今幸せです」 とだけ言った。おりょうさんは、その言葉に少しだけ瞳を揺らめかせ、思い出に意識をくぐらせた。オレはそこに色々な事をふまえたつもりだったけど、それをおりょうさんは察してくれたようで、にっこり笑うと、 「またいつかおいで」 と、のんびり赤いくるまで帰ってしまった。 ++++++++++ 大きなお屋敷の前へ進み、豪奢な模様の彫ってある扉の金具を叩いた。 すると途端に緊張と愛しい気持ちとで胸がばくばくと高鳴りすぎてまた苦しくなった。応答がないので、戸惑ったけれど、おずおずと扉を開けて中を覗く。はやる気持ちが勝って、オレは勝手に中へ滑り込んだ。 長い廊下を進むと、重そうな観音開きの扉が見えてきた。それが見えた瞬間、全く理由は判らないけど、突然体が熱くなってきた。 あの中にマアサがいる。 何も確証はないのにオレには判った。 その時、ぎいと扉が軋み、内側からそっと扉が動いた。 「ケイ……?」 扉の向こう側には鏡が置いてあった。 いや。 オレとは違う紅い着物。 髪にも紅い花。 同じ顔なのにオレより少しばかりのんびりした口調で、オレの名を囁いた。頬が少し赤い。 ぎこちなく合わせ鏡みたいに近付いたオレに笑いかけた。 「マアサ?」 オレが返す前にマアサがオレの首に腕を伸ばしてふうわりと抱き締めてくれた。 マアサは柔らかいんだな。 全然人形ではないみたい。 するとマアサも同じ事を瞬時に思ったのか、 「ケイ、綺麗でいい匂い」 と耳の後ろあたりで呟いた。 それはマアサ、君こそそうだよ。 体を離して改めてまじまじと見つめるとマアサは優しそうな黒目がちの瞳にぷっくりとした厚めの唇、やや明るい猫毛で素直に可愛らしいと感じた。 オレは今まで自分は全く可愛らしくはないと思ってきたけれど、もしかしてそれなりに綺麗にしてたら見れなくはないのかもしれない。 オレはマアサを眺めながら、ぼんやりそう思った。 マアサはしばらくオレの着物を撫でたり、熱い瞳でオレの掌を両手で包んでいたが部屋の奥からふいに、 「マアサ、ケイがやって来たかい?」 という穏やかな声が響いてきた。 部屋は天井まで届くかと思う程高い本棚がいくつも並び、奥の部屋にも続いていた。 オレはびくりと身構える。 姿がまるきり見えないのに、オレにはまたもその声が誰のものだかすぐ判った。 るうさんの恋人、ナルさんだ。大悪魔の。オレ達のお父さんだ。 マアサも、 「ケイ!こっち」 とオレの背に手を伸ばして促した。
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