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ショウマストゴーオン 33
ショウマストゴーオン 33
奥の部屋もやはり空間が本棚に占拠されており、その中にどっしりした濃茶にてかった机とそれに似つかわしい革張の椅子が置かれていた。
椅子はこちらに背を向けている。
そこに、誰か座っていた。
椅子から少し覗く広い背中。
短い茶の髪がつんつんと跳ねている。
オレはまたもこころがばくんと跳ね上がった。
くるりと椅子を回転させるとその人はオレを認め、にっこり笑いかけた。
「良く来たね。一人で心細かったろう」
ナルさんは声も顔付きも穏やかで優しくて、本当に悪魔なのかと思った。
大悪魔だから容易く隠す事ができるのだろうが角も羽も見当たらないので余計にそう感じられた。
でも外見というよりは滲み出る静かな空気が何よりそう思わせる。
ナルさんはオレを手招きし、
「綺麗にしているね。ゆっくりしておいき」
とゆるりと笑った。
オレははたと思い出しトランクを絨毯に置きがらがらと中身をまさぐり、預かった手紙を取り出した。
るうさんからの手紙だ。
椅子の脇に引き寄せられ柔和な笑顔で見つめられるとああ、この人がお父さんなんだと思い、次にこの人がるうさんの恋人なんだと思った。
そして何故、二人は離れ離れになってしまったのだろうと思った。
「あのう、これ」
白い封筒を差し出すと、ナルさんは全て判っているかのように頷くと、受け取って鈍い銀細工のペーパーナイフで封を切った。
るうさんらしくきっちり折り畳まれた便箋を開くと、一度鼻で息をし、オレに便箋をひらひらと振ってみせた。
躊躇したけど、覗き込むとそこにはオレの紹介や銀とのことなど何一つ書かれていず、
たった一言、
「愛しています」
とあった。
オレはるうさんの純な秘密の部分を見てしまった気がして後ろめたい気持ちになった。
愛しているのに、何故一緒に暮らせないのだろう、オレはますます不思議に思った。 オレが胸のつまる思いで便箋を見詰めていると、
「るうは元気かい?仲良くしてやっておくれ」
とナルさんがオレの髪を撫でてくれた。オレは何度も首を縦に振り、
「オレはるうさんが好きだけど、オレはバカっ子だから……」
とぎこちなく笑った。
うまく笑顔になれないのがもどかしい。その時、ようやく大事な事を思い出した。
銀!
塔をぶっ壊して捕まってしまったらしい銀をどうにかしてもらわないと。
「あの、ナ、ナルさん……式神の銀がね」
「どうしたね」
名前を呼んでみたからか、ナルさんは更に嬉しそうに笑ってくれながらすいと立ち上がった。
長身でどっしりとした頼り甲斐ある大きな体格。
るうさんと並んだらかなりでこぼこ感があると思う、大人と子供みたいに。
「やっぱりあまりゆっくりはして行けないかな。残念だなあ。子供のした事だもの、塔の一つや二つ、多めに見てやれば良いものを」
「可哀想な銀、きっとケイを呼んでいるよ」
オレが事の次第を話すと、ナルさんは呆れた声を出し、マアサは不安そうな表情でオレを抱き締めてくれた。
オレだって銀をいっぱい呼んでるよ。
マアサにもナルさんにも会いたかったし夢中になったけど、それはまだ見ぬ家族だったからだよ。
焼きもち焼くような事ないよ。銀がやっぱり特別だもの。一緒に帰りたい。
「監理局に行く支度するね、行きはおりょうさんのくるまに乗せてきてもらったって言ってたから足がないよねっ」
マアサが言うとぱたぱたと駆けて行く。
「ケイ、お前はもう自分の事を知ったケイなんだね?銀の想いも知っているんだね」
ふいに話が銀との事になり焦ったけど、とりあえず素直に頷く。するとナルさんは少し声を落とした。
「お前もその気持ちに応える時が来ると思うけれど、言っておかなくてはならない事があるんだ。私とるうが何故一緒に居られないかという理由にもなっている事なんだが」
その後、ナルさんは間をおいてオレを見た。聞きたいか?という風に。オレは頷いた。
「魔界の者が強く愛を傾けると、人間や生き物の寿命を吸い取ってしまうという言い伝えがあるんだよ。愛を交わしてもそうだ。銀はまだその事を判っていない」
オレはその言葉をぼんやり聞いた。
何度も何度も反芻した。
それはどういう事だろう?
「私がマアサやお前に向ける類の愛なら良いのだけれど、るうとは共に居られない。淋しい話だが私の魔力は強すぎる」
だから強く愛している分離れたの?魔界と人間界という程に。
「マアサもたつに想われているけれど、たつはその事実を知っているし、マアサもお前よりは丈夫だからね。……まあ、他にも理由は色々とあるのだけれど。銀、あの子は子供だから無尽蔵に君への想いを募らせる、見るたびに増えていくんだ。止められない」
少し前、夏の終りに高原で自分の繰り返す日々を聞いた時と同じ、何かが体をざわざわと這う感じがまたした。
もしかして、マアサと同じ人形としての寿命を持っているはずのオレが短い間に何度も壊れ、
再生してもまた繰り返すのは、
銀に愛され続けるから?
育って魔力が強くなっていく銀に自分の寿命を取られていたんだ……。
強く愛されれば愛される程、
愛を交わせば交わす程、
オレのいのちは消えていく?
それを銀は知らない、銀には言えない……。
「本当はそうなんだ。今まで魔界まで私に会いに来たお前はいなかったから、言う機会が無かったのだけど、もしかしたら前のお前の中には、以前るうから話を聞いていた事のあるのがいるのかもしれない」
「銀には言わないで」
震えるよりも何よりも、オレは咄嗟に言った。
「それでもいい」
ナルさんは少し意外そうな顔をした。
「寿命が短くても、一緒にいられる間に一生涯ぶん愛しますから」
銀がいつか自分で魔力の事を知るまで誰も言わないで欲しい、
知ってしまった時、
るうさん達のように離れようというならそれも良い。
いつかオレを魔界の者にしてくれるというならそれでも良い。
今は、銀のせいだと誰にも言って欲しくない。
「るうさんは、そういう話全部知ってるんだね?」
「だから私たちは離れているし、お前達のことにしてもそうだ。判っているのに、銀にお前を与えたくて、お前達には共に過ごして欲しくて、何度もお前を造り直しているんだよ」
ナルさんは優しく答えた。
きっと、自分では駄目な事をオレにくれたんだ。
自分では側に居られないから。
命が消えてしまうから。
「では、結局また銀を人間界に返してしまうけどかまわないね?」
「一緒に帰ります」
オレは強く頷いた。
心に銀の姿を思い描いた。
はにかみながら笑う顔。
喧嘩した時の怖い顔。
悲しそうな顔。
全部大好きだよ。
だから一緒に家に帰ろう。
ナルさんがすいと立ち上がりオレを優しく抱き締めた。
大きな体、強い腕。さようなら父さん。
「るうに、私も、愛していると伝えておくれ。離れているけれど、私たちは今でも同じ気持ちだと。またいつか会いに行くと」
そしてマアサとたっちんの待っている赤いくるまへとオレを促した。
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