ショウマストゴーオン 34

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ショウマストゴーオン 34

ショウマストゴーオン 34 ナルさんの運転は意外に荒かった。 勢い良く体が左右に揺れる。 門の監理局まで飛ぶようにくるまが滑っていく間、マアサは名残惜しいのかぴったりとオレに寄り添い左手を包んでずっと見つめていてくれた。 オレも、何もなければ、自分がもう少し強かったらもっと居たかった。もっとマアサと話したかった。 でもるうさんが待ってる。銀と帰るんだ。 「マアサもナルさんと居るから淋しくないよね。たっちんも居るし」 オレが耳元で囁くと、マアサは少し恥ずかしそうに笑って小さく頷いた。 「ケイもね、るうさんが居るよね。銀とずっと幸せに」 「また鏡でお話しようね」 「たくさんね。お手紙もたくさん書くね」 オレ達は固く抱き合った。 また会えるかな、もう一つの世界のもう一人の自分。 車は監理局の前までやって来た。 窓から見上げると威圧感たっぷりの塔が立ち並び、その一つが見事に半分位からぱきっと倒壊しており煙がしゅうしゅうと上がっている。 あれが銀が吹き飛ばした塔か。 オレはそら恐ろしくなった。こんな事して無事に人間界に返してもらえるんだろうか。 門の前に管理官なのか、それとも監獄の人達なのか、数人の人影が見えた。その前へ、くるまは止まるだろうと思っていた。 しかし、その影が見えると急にナルさんは足元のペダルを踏み込み加速した。 「どこかにつかまっておいでお前達っ」 ナルさんが言う間にくるまはみるみる加速し、象が踏んでも壊れ無そうな誂えの門にぶち当たった。衝撃で身体がシートに叩きつけられる。オレは咄嗟にマアサを組み敷いて庇った。 その後、よろよろとくるまは後退すると、再び距離を置いて門へ突進していく。数度それを繰り返しているうちについに難攻不落かと思われた扉は割れ、くるまもかろうじて走っている、といった程の速度で中庭に踊りこみ、道連れとばかりに最終的には管理局の壁にめりこんで止まった。 しかし、壁でくるまは止まったがまだタイヤはきゅるきゅると空転を続けている。 あわあわと遠巻きに監理局の人がくるまを取り囲んでいるのが見える。 オレはますますマアサとくっつき手を取り合った。変形したドアを蹴りナルさんが外へ出た。 「私の家の者が厄介になっているようだが、案内していただこう」 ナルさんの姿をみとめると、輪に動揺が広がった。ナルさんて、大悪魔ってだけあって有名なのかな? 周りより頭一つは大きなナルさん。姿も鴉の濡れ羽のような真っ黒い背広に、同じく真っ黒いマントと帽子。それまでの優しく穏やかな雰囲気から一変、厳格そうな気配に周り全てが気圧されるようだった。今ならナルさんが大悪魔だというのもオレには頷ける。 でも、そんな人物がまさか短絡的に、無茶に、無謀に、くるまで建物に突っ込むとかやらないで欲しいんだけど。 けれど、そんなたたずまいのナルさんに、誰も止めに入るでもなく、反対に案内を申し出る事もできないでいると、 「あれを壊した龍の子だよ。返してもらうよ」 顎で塔を示し、ナルさんは自分で勝手に監理局の建物内へ向かっていく。 オレも気が付いて急いでくるまから出、後を追いかける。 「塔一個破壊より、中央門と建物破壊の方が重罪だろう?塔の分のお金も払うから放免してやってくれないかな。何ならあの子の代わりに私を捕まえてくれても構わない」 「無茶言わないでくださいよ」 偉い人なのか、建物の奥から飛び出してきた若い背広の黒髪の兄さんは、ナルさんを見るなり萎縮しながらも本当に真実困ったように訴えた。 「今なら三座様(さんざさま)……あの子も居ないから大丈夫だよ。ナルが遊んでいてうっかり逃がしてしまったのだと言っても良いよ」 「や、ばれたら本当まずいんで勘弁してください……なんですかあの龍は」 その時、建物の下あたりからどんと地響きがした。くるまがまたぶつかったのかと思ったがそうではなかった。確かに声が聞こえたのだ。 「私の子供の飼い龍なのだよ」 ナルさんの言葉に若い管理官は更にげんなりした。 その脇をオレは構わずすり抜けた。お兄さんは瞬間オレに戸惑い、取り押さえようとしたけれど、ナルさんがじろりと睨むと、その手をすかさず引っ込めた。オレは激しい音のする方角へ向けて走りながら叫んだ。 「ぎぃぃぃぃぃん!!」 自分の声が絶叫に近く、せっぱつまってる感じに自分でおかしさが込みあげた。一拍置き、下からまた激しく壁にぶつかる音が聞こえた。 銀からの返事だ! 首飾りから火花が散り、静電気が走った、痛い。でも呼んでいる。 何事かと押し寄せてきた数人の職員らしき男がオレを驚きの目で見て駆け寄ってきた。 オレのなかのどこかのスイッチがこの瞬間に切り替わった。オレと銀の邪魔をするなんて許せない。決して許される事ではあるまいぞ。 「そーこーを、どけえええぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!!」 言うなりオレは容赦無く邪魔する職員を鞭で蹴散らす。鞭の先は壁なり天井なり当たったものを根こそぎ削り、えぐっては破壊した。人に当たれば腕の一本や二本間違いなくちぎっていただろう。今のオレなら平然とそれ位するつもりだ。 近づいてきていた職員達はすぐさまUターンして通路の折り返しまで取って返し、オレを入り口から追ってきていた職員達も同じく蜘蛛の子を散らすように入り口へと舞い戻った。 オレは聞き分けの良い職員達にうむうむと納得すると、地下への入り口らしくかっちり鍵のかかった鉄の扉を前にひと呼吸し、距離を置くとその扉を周囲の壁ごとふっ飛ばした。周りで固唾を呑んで見守っていた、というか遠巻きに眺めていた職員達が揃って肩を揺らし、一層オレから遠ざかった。 いつの間にやら、または今この状況だからか、オレの戦闘能力は通常ではありえない程高まっていた。 それは銀とたくさん鞭の練習をしたからだし、あるいは、オレは元々、るうさんが召使い人形として使ってくれる前は、ずっとずっと前のオレは、壊れてもどこかで、また造って貰えるし、と思っている怖れのない戦闘用の人形だったのかもしれないとも思われた。 向こう側を眺めると、地下へ降りている暗い廊下と石造りの階段が見えた。途中からは闇に紛れてしまっていて、どれ程下へ続いているのかは一目では判らない。 こんな暗い淋しい所へ銀を一人で置くなんて信じられない。許せない。 オレは周囲の職員達をひとしきりねめつけると、階段を転がるように降りた。
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