ショウマストゴーオン 35

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ショウマストゴーオン 35

ショウマストゴーオン 35 暗い牢やの一番手前に銀は居て、龍の姿でぎゅうぎゅうになっていて壁にぶつかっては牢ごと壊そうとしていたのだろう、あちこちの鱗がはがれ血まみれになっていた。 「銀、銀!」 オレは駆け寄り座り込むと鞭を放り出し、両手を檻越しに伸ばし差し入れた。 銀が頭をもたれてきたのでオレはかき抱く。 銀は尻尾を檻から出し体に絡めてきた。 しばらく龍の姿を見ていなかったけど、また大きくなったのかな。可哀想にこんな狭い所へ閉じ込められて。オレは銀の鼻面に唇を寄せた。 銀は、ゆるりと動いてゆっくりとんぼ返りをして人の形になった。体のあちこちが裂けててらてらと血がぬめっている。銀もオレに手を伸ばして体を寄せあった。 「銀大丈夫?すぐ出してあげる」 「ケイも大丈夫?ごめん、おれケイが呼んでたの判ってたのに出られなかった……」 精神的に参っているのか銀は鼻をぐすぐすいわせ始めた。自分を情けなく感じているのかもしれない。 「本当、何度も呼んだのに!……なんて嘘だよ、皆良い人だったから平気だよ。泣かないで、オレが守ってあげる。一緒に帰ろう」 いつもより強気にオレが言うと銀はいよいよ堰をきって泣き出した。子供みたい、オレはきゅんとして銀の頭をまた抱き締め、顔を向けさせるとその頬に口付けた。 「うわあもう無茶しますねお子さん」 階段の上から話しながら人が降りてくる気配がしたのでオレは唇を離した。 「銀や、大変な思いをさせたねえ、もう出ていいってよ、せっかくだからお兄さん達にカツ丼くらいせびろうか」 ナルさんが笑顔で入ってきたけど後ろの監獄の兄さんは更に疲れた表情だったので、何か無理な事をきく羽目になったのだろう、とオレは同情した。でも、そのおかげで銀は牢から出る事ができた。 「あの、ナルさん。お金。あとで絶対返すね。帰ったら働いたりとかするよ。また返しに来るね」 銀がカツ丼を食べている間にオレはナルさんに小声で言った。ナルさんはひらひらと手を振り、 「そんなのは良いんだよ、私はお前の親なのだから。でも、また来てくれるってのは嬉しいな。またおいで、いつの日にか」 と笑った。 うん、またいつか。いつかのオレになってるだろうけど。 銀の周りにはマアサがいて仲良くしていた。オレがいつか違うオレになっても皆は居て、幸せでいてくれる。それがオレには救いだった。 ++++++++++ 色々観光とかしたいのもやまやまだったけど、来た早々銀は目をつけられてしまったしオレの体の事もあったので、明日すぐに帰る事にした。監獄の人らは銀を人間界に戻すのを危険と思ったみたいだけど、オレといたら絶対悪さはしないとナルさんが言ってくれた。 「口にあうか判らないけどたくさん食べてね」 マアサは料理もできて本当に役に立つ召し使い人形だなあ。同じ生まれなのになんだか恥ずかしいなあ……。 でも今日はオレより銀の方が元気がないので、オレはわざと明るく振る舞った。銀には散々な旅になっちゃったな、悪い事しちゃった……。 銀は食事が済むと、 「あの、三人でね。水入らずでね」 と言って席を立ってしまった。普段銀がそんな遠慮なんかしないのでオレは驚いてしまい、 「えっ、待って銀」 と引き留めた。けれど銀は昼間の事が相当気まずいのかそのままナルさんがあてがってくれた部屋へ入ってしまった。 そんなに気にすることないのにな、銀が元気ないとこっちもがっくり……。 マアサも、 「銀は家族なんだから気使わなくたっていいのにね」 と言ってくれたけど、オレはふと聞いてみたかった事を思い出した。 「ねえ、ナルさん、銀の家族っていないの?居たら挨拶してみたかったの」 人形のご主人なんて嫌かもしれないけど……。ナルさんはふーむ、と一息つくとこう言った。 「……龍は大気などから生まれるともいうし、親はないのだと思うよ」 「じゃあ、銀は本当の名前はないの?銀っていうのはオレがつけたけど、その前は別の名前があったんじゃないの?」 二人は顔を見あわせて、少し微笑んだ。 「それは、あとで銀に聞いてごらん」 「あと、そのう……」 オレは遠慮がちに合い向かいのナルさんに問掛けた。なに?という風に首を傾げるお父さん。 「ナルさんはあ、どうやってるうさんと出会ったの?」 「成れ初めってやつだね!」 ナルさんはその質問を待っていましたといわんばかりにオレを陽気に指差し、正に浮かれ始めた。 親同士の出会いを聞くなど子としては少し気恥ずかしい。けれどるうさんという人はそういう色事を全く話さない人だし、今しか尋ねる機会はないように思われた。 「ケイはるうさんに聞いた事なかったの?」 マアサが意外そうに聞いたのでオレは頷いた。いや、前のオレなら聞いてたのかもしれないけど、今のオレは聞いた覚えは無かった。 「ええっとね、何から話そうかな。初めはるうはね私の事がとても嫌いでね。いや、嫌いっていうか良く邪険にされたものだ」 ナルさんは少しだけ視線を遠くにやって、懐かしい花の思い出を語った。 この大悪魔はあちらの世界の小さな人形師に恋をして、気に入ってもらいたくて色々な事をして、いくつかの願いを叶えて、邪魔者が現れたりして少しづつ二人の距離が縮まっていったのだととうとうと語った。 オレはそこで思い出した。 「あの、それは」 途中で話を遮ったら気を悪くするかなと思ったけれど、おりょうさんに言ったようにナルさんにも言っておかなくてはならないだろう。 「邪魔者って、悪魔さんの事でしょ?タダっていう名前だけど、前はミサだったって」 「ああ、うんそうだよ」 ナルさんはすっ頓狂な声をあげるかと思いきや存外平静だった。そうか、そういうのも大悪魔なら知る術があるのかも知れない、というかるうさんが鏡越しとかで話しているのかもしれないし。 「おかしいよね、それほどいがみあっていた二人が同じ街で暮らしているなんて」 「それが人の暮らしというものなんだよ」 ナルさんは言い、その後るうさんとは二人でしばらく楽しく暮らしました、と締め括った。 そのあっさりした口調の歴史のなかにいかほどの別離の悲しみがあったのかは判らなかったし、それはあるいは本当に悲しみではないのかもしれない。 「ナルさんは、ずっとるうさんに逢いにお屋敷には帰っていないの?」 「そんな事ないよ」 ナルさんはむくれた。 「私は一年に一度くらいの感覚で旅行がてら逢いにいってるつもりなのだけど、行ってみるとどうやらいつも気付くと十年くらい経っているみたいで、すごくるうに怒られるんだ」 そう言ってしゅんとなってしまったナルさんを見てオレとマアサは何故か大笑いした。あまりに救われないような距離であり、時の流れだったけれど、それがこの二人の間ではコントになりえるのだった。 なんて馬鹿げた話だろう。 でも、るうさんはナルさんと魂を分けたから、 時はありあまる程、 うんざりする程、 今日はなにしよう!と瞳を輝かせる程あるし、 銀もマアサ達も、オレでさえも時の流れには逆走している方だ。 だからきっとまだまだ大丈夫だよ。 いつか、全てを解決できるような素晴らしい回答が舞い降りてくるよ。 「ああ、こうすれば良かったんだ」っていう法則が見付かるよ。 きっときっと。
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