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ショウマストゴーオン 36
ショウマストゴーオン 36
「銀、寝ちゃった?いじけてるの?」
部屋へ滑り込むと、銀は部屋の奥の壁に向かってうずくまっていた。背中が丸まってて可愛い。
「ねえもう寝よ。こっち来て」
「……ケイ、頼りないと思ったでしょ?おれ皆に顔向けできない」
銀はやけに大人びた物言いで落ち込みに輪をかけているのが判った。
「何なの。銀がいなかったらオレここまで来れなかったよ、皆にも会えなかったよ。銀のおかげだよ。あと何て言ったら元気になってくれるの」
オレは呆れ笑いながらノオトを開いて今日の事を記した。
マアサに会った事。
ナルさんに会えた事。
るうさんの手紙を喜んでくれた事。
魔界監獄に行った事。
銀に会えた事。
「昨日から今日までのたった一日の事なのに、銀いなくてやだったよ、淋しかった。たくさん呼んだのに」
「あの檻、結界が張ってあんのか全然抜け出せなかった、すぐにケイのとこ行けると思ったのに……」
自分に悔しがっているのかぎりぎりと歯噛みしてまた銀は押し黙った。オレはそんなに悔しがる銀が可愛くて背中から首に腕を回して圧し掛かった。
「ごめんね、怒られたりしたんでしょう?オレのせいで本当にゴメン」
銀は急に焦った様子でどぎまぎしながら、
「おれ、ケイが壊れてしまったのだと思った。気狂いそうだったよ」
「ごめんね、本当は魔界に降りた時から体がおかしかったの。気付いてたと思うけど……今は慣れたから平気だよ」
銀は突然こちらを向きオレを抱き締めた。はずみでオレの手からノオトが滑り落ちる。銀は何かを怖がるようにぎゅうと強くしがみついている。
「そういう事は早く言ってよ……だったら降りたりしないで無理矢理帰るんだった」
銀はぶちぶちと過ぎた事に文句を言った。オレはその文句を減らすために銀に顔を寄せ頬に口付けた。
「でも降りたからマアサやナルさんに会えたんだよ、良かった」
「今はもう平気?寒かったりしない?」
銀はオレを気遣ってくれる。オレは頷いた。
「だったら、おれケイを連れていきたいとこあるの。すぐ帰ってくるから、ちょっと来てくれる?」
「これから?銀こそ疲れてないの?」
「でも明日帰っちゃうから」
もう今のオレでは来られない。
「いいよ」
オレ達は窓から屋敷を抜け出した。
++++++++++
魔界の夜は人間界とあまり変わらなかった。
ナルさんのお屋敷は監獄のあった街からは少し離れた海沿いにあったけど、振り返り仰ぎ見ると、建物の灯りや要塞を照らす光が天に向かいあちこちから光の柱を掲げ動いていて、とても綺麗な街が見えた。
銀はオレの腰を抱き宙に浮かんで、しばしその景色をオレに見せて楽しませてくれた後、どこかへ向かい始めた。
「どこ行くの?」
オレがわくわくして銀に尋ねると、銀は少し鼻で笑って空の先を見た、まだ内緒なんだ。
銀の胸に体を預けながら風に揺られていると、段々下は閑散とした景色になり、灯りも小さくぽつぽつとしか確認できなくなってきた。随分魔界でも田舎の方に来たみたい。
やがて月の灯りのみで真っ暗闇に近い状態になり、下が森ばかりで何もない場所まで来てしまった頃、遠くから轟々と地鳴りと響く気配が聞こえてきた。
目をこらすと少し先に白い柱が見えたが、それはやがて大きな瀧だと気付いた。ようやく銀は駆け降りて瀧の側の草地に降りた。神秘的と言えば聞えは良いけど、暗くて朧げにしか周りが見えず、思いかけず淋しい場所でオレは、
「ここどこ?」
と漏らした。
「本当は明るい時に来たかったんだけど……ナルさんにばれたら怒られるかもしれないし」
銀は何故か照れているような口調だった。
「ここね、おれのうち」
「え?」
オレはきょんとした。そして辺りを見直した。
はるか上から勢い良く水がまさしく怒涛のように流れ水面を打ち付けるとたゆたう流れになって吸い込まれてゆく。
前銀が天気を操れたけど、龍だったからだよね。オレは聞いて良いものか躊躇したけど尋ねた。
「一人で住んで?」
「うん、多分」
あっけらかんと返してきた。
やっぱり龍ってのは自然から生まれるのかな、
それとも捨てられたのかな……。
銀は水辺にあぐらをかいて座り、懐かしそうに水面を覗き込んだ。
オレは突然の話に驚きながらも隣に座って先を促した。
銀が自分の話をするのは今のオレでは初めてだし、特別な話にオレは胸が高鳴った。
「だからケイを連れてきたかったの」
「ここに居たのに、どうやってるうさんのお屋敷に召喚されたの?」
「よく覚えてないんだ。おれは、物心ついたらるうさんのお屋敷に居たから。ただ……ナルさんへのお使いで魔界へ来るようになってから、自分の生まれた場所の気配を感じるようになった」
「それで、ここを探し当てたの?」
「そう」
銀は奥の水面の静かな辺りを指差した。
「お屋敷で一番古い記憶は、るうさんが鬼みたいな顔で立ってて、お前を式神にするぞっておれにゆうの。おれ式神が何だか判らなかったけど、なんかいやーな感じがしたから逃げ回るんだ。そしたら部屋に、ケイが寝てるの」
急に自分の名前が出てきたので驚いた。
「ケイが一人ですやすや寝てる。わあ綺麗だなあって思ってぎゅってしたら柔らかくって、ああ気持ち良いな、この人はあの人の子供かな、だったらこの家に居てもいいなっておれは思うんだ」
オレをこの人と形容したのは、当時の銀がまだ小さくてオレと外見が離れていたからだろう。でもオレは昔の自分を銀が嬉しそうに思い出したのが気に食わなかった。
知りたい事でもあったけど、知れば悔しくなるだろうとも思った。
「ここへ、オレを連れてきたのは初めて?」
オレの大人げない問いに銀は少し不思議に思ったようだったけど、
「うん」
と返した。
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