ショウマストゴーオン 38

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ショウマストゴーオン 38

ショウマストゴーオン 38 それから、ナルさんやマアサ、たっちんやおりょうさんと別れ、魔方陣を通って高原へ帰ることになった。 ナルさんのお屋敷の玄関扉に向かって、銀が魔界へやって来た時そうしたように、何かを呟くと、あの時と同じように空間が違う所に繋がりはじめた。 「オレはね、ケイのこと大好き。ずっとずっと大好きだから」 「うん。えっとね、オレもマアサが好きだよ。もし忘れても、皆のこと大好きだから」 「ケイー」 オレはマアサと固く抱き合い、鏡を通して再び必ず会おうねと誓いあうと、ナルさんに向き直った。 「いつか絶対お屋敷に来てね。るうさんも待ってるから」 「うん、そうだねえ」 ナルさんは大きな掌でオレの頭を撫でてくれ、きっとるうさんへの返事なのだろう、黒い封筒を差し出した。 「この中に私の欠片を入れてあるから、開けてから一晩はマボロシでそちらの世界に居られるだろう。だからるうにこれを渡すまで開けないでいてくれるかい?」 悪戯っぽくナルさんが言うので、オレは飛び上がって喜んだ。るうさんへの最高のお土産だ! 「でも、だったら本人が来てくれたらいいのに、どうして駄目なの?」 「こう見えても私は忙しいお仕事をしているのだよ。ああ、誰か新しい議長を引き継いでくれないかなあ。そうしたら速攻引退するのに」 ナルさんはナルさんで色々悩みがあるらしい。 でもきっとたぶん、オレ達の世界で本当に大変な事が起こって、るうさんが危ない!なんて事態になったらナルさんはすばやく察知して、光のように駆け付けてきてくれるのだろうから、きっと心配ないのだろう。 と思う。 たっちんとおりょうさんも送りに来てくれてお土産を持たせてくれたので、トランクにぎゅうぎゅうに詰め込んで銀がそれを少しばかり重そうに担いでいた。 オレはまだおたかさんの事を言おうかどうしようか逡巡していて、おりょうさんの前を離れ難かったのだけれど、オレが何かを迷っているのに気付いてくれたらしく、優しく微笑んだ。 「伸に、あの綺麗なお嬢ちゃんと一緒に、あの街を護っていくんだよって、伝えておくれ」 「!おりょうさん、おたかさんの事知ってたの?」 「じかに会った事はないけどね。私だって悪魔だもの、離れた所を視る事はできるんだよ」 じゃあ、先生にはもうおたかさんがいる事も判ってたんだ……。 オレは少し淋しいようなもったいないような気持ちがして、 それと同じくらい、ほっとした。 「でもおたかさんはお嬢さんではないのですけど」 「え、そうなのかい?でもお似合いだから別にいいだろう?」 あまりの正論にオレは返す言葉もなく頷いた。 「ケイ、行こう」 銀が呼ぶのでオレはおりょうさんとも離れて銀へと寄り添う。そしてやっと扉の前に立ち、今度は本当にさっぱりした心持で、魔界へやって来た時とまた同じように皆に大きく一礼して、銀と共に扉の向こうへ飛込んだ。 ++++++++++ 魔界では全てがニ、三日の出来事だったのに高原へ帰るとあれほど寒かったのに何故か季節は初夏になっていた。 るうさんは相変わらずの綺麗な明るい着物姿でぽちょんと道の真ん中に立って待っていて、オレ達が揃って、 「ただいま」 と言うと、泣きそうに少し唇を歪めて、 「おかえり」 と返してくれた。 先生やおたかさん、女将ジュンちゃんや皆も変わりなく元気に暮らしていた。 るうさんに、銀の魔力の事を知った事、それでも抱かれた事は黙っていたけど、たぶんるうさんは予想がつくと思う。 ++++++++++ 夜になって、集まって騒いでいた皆が帰ってゆくと、オレはるうさんにナルさんからの返事を渡した。 「無事届けたのだな。ご苦労」 黒い封筒の端を両手で持ち、食い入るように眺めながらるうさんは呟いた。 「ナルさんて、かっこ良かったよ」 「……やっぱり、会いに行っていたのではないか嘘つきめ」 本当は、「るうさんってああいう感じのひとが好きなんだ?」とか「一緒にドライブしたんだ怖かったんだけど」とか色々話したい事はあったのだけど、るうさんがとても真摯に封筒を見つめていたので、オレ達が居たら邪魔だと思い、 「あっじゃあオレ達疲れたからそろそろ部屋に帰るね、おやすみ!」 と二人して出てきてしまった。本当に疲れてはいたのだけど、るうさんに早くナルさんのマボロシというのを視せてあげたいと思ったからだ。 「ねえ銀はマボロシって視た事ある?どんなの?」 「うんとね、人間は魔力がないから人間のマボロシは紙に写しただけの動かないものでしょ?」 写真の事かなあ? 「あとは魔力があれば立体的で色のついたもので動いたりするけど、お話できなかったりするよね。でも、ナルさんのマボロシだから……」 「ぎゃあっ」 その時、衾の向こうからるうさんの奇声が聞こえた。 オレ達がもしやと思って再びるうさんの部屋へ飛込むと、畳に倒れているるうさんの所へ、手を差し延べているナルさんがいた。 「どうしたんだいお前。手紙をくれたというのにまさか私を忘れてしまったのではあるまいね」 暗闇色のマントを纏って小粋な山高帽を小脇に抱えたナルさんは、あの監理局へ向かった時の威厳ある姿そのままで、揺らめくでも透けるでもなく会話さえ可能らしく、マボロシどころかまるで手紙から本人が飛び出してきたような有り様だった。 ナルさんの魔力ならば、実物と殆んど変わらないマボロシが造れるんだ。すごいなあ。 るうさんを抱きとめて穏やかに微笑んでいるナルさんとは対照的に、るうさんは腕の中できぃきぃと文句を言っている。それでもるうさんは今までオレ達が見た事もないくらい真っ赤になっていて、慌てていて、可愛い。 るうさんもこんな恥じらう事なんてあるんだ。 「どうしたではないだろう!いきなりこんなものを入れて寄越すとは卑怯なっ!マボロシなど造っている暇があるならお前様が来ればいいものを!」 「すまないねえ、私もそうしたいのだが、一旦お前の所へ来てしまうとあの時みたいに魔界へ帰る気がまた失せてしまいそうでね。マボロシで我慢しておくれよ。ケイ達にも言ったが、必ずまたいつか遊びにゆくから」 言うとナルさんはるうさんをひょいと抱きあげた。るうさんはまた何かわめいたけど、 「私の所に来れば魔界へ帰る気が失せるというなら、帰らなければいいだけの話だっ」 と本音を漏らした。ナルさんは、駄々っ子をあやすみたいにその背を叩くとオレ達を見た。 「やあ、ケイ、銀。この間は来てくれてありがとう。またいつでもおいで」 その優しい声音にオレと銀はにっこり笑って返す。けれどこの後ナルさんが続けた言葉はなかなか大人なものだった。 「今日も皆で話がしたいのだけど、一晩しか居られないから今夜はるうと居たいんだ。さあ帰りなさい、ここからは二人の時間だから」 半端なく子供扱いされてしまったが、ナルさんからしたらオレも銀も確かに赤ちゃん同然だろう。オレ達は二人の夜の邪魔にならないようにすごすごと引き下がる事にした。 ナルさんの台詞にるうさんは益々赤くなり、 「ケイの前でなんて事を!」 とじたばたしていた。 本当に久々に二人で過ごすんだろうなあ。なんとなく、そういうのも、愛がつのって良いものかもなあ。 なんて素敵なことを考えた。
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