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ショウマストゴーオン 39
ショウマストゴーオン 39
翌日になると、本当にナルさんのマボロシは消えていて、るうさんは少しだるそうに部屋でごろごろしていた。なのでオレと銀は揃って 久々に診療所へ行き、先生におりょうさんの話をした。先生は嬉しそうに、
「そうかあ、達者でいたかあ」
とだけ言った。その顔は、あの水辺の銀みたいな、何かを思い出し、何かをまたどこかにしまった顔だった。
「ケイ、魔界は楽しかったか?親や兄弟には会えたか?望みは果たせたか」
オレは静かに微笑んだ。
何を言われるかは判っていた。
先生は少し淋しそうに笑い返した。
オレにはもう残りのいのちが見えないらしい。
オレは正直に先生の話をるうさんに話した。
流石に一時沈んだ顔をしたけど、るうさんは気丈に、
「お前、帝都に帰りたいか?ここに居たいか?どうしたい」
と問掛けた。オレは少し考えた後、
「帝都に帰ろう」
と答えた。色々あったけど、三人のお屋敷にもう一度戻りたかった。
銀は相当こたえた様子で、沈痛な面持ちで、
「魔界へ行ったから?やっぱり行かなければ良かったの?」
と泣きそうな顔で畳を見詰めながらぽつりと言った。
オレには初めから判っていたから、判っていて魔界へ会いに行ったのだから悔いはなかった。
銀もオレの寿命がもつなどとは思っていなかったろうのに、それでも悲しんでくれるのが嬉しかった。
オレ達はその数日後、長らく暮らした離れを引き払い、お世話になった先生、おたかさん、ジュンちゃんや番頭さん達に御礼を言って、高原を後にする事になった。
温泉の流れる広場に皆集まってくれてて、魔界へ行った日のようにまたたくさんお土産を持たせてくれたので、オレ達はそれをぎゅうぎゅうとくるまに詰め込んだ。
「色々、ありがとうね」
おたかさんは、あの宴の日のことなのか、そう小さくお礼を言って恥ずかしそうに笑った。
あれからおたかさんと先生は更に距離が縮まった感じがするけど、それは良く考えると別に元から先生はおたかさんを見ていたのだから、オレにお礼を言うほど大した差は無かったように思う。先生は終始にこやかな顔をしてオレ達を送ってくれた。
先生とおたかさん以外の皆には、体が良くなったから帝都へ還るのだと言ってある。
それにまたきっといつか会えるから。
その時は、初めの日のように、「また来たのかいバカっ子だねえ」って言ってね。
オレはおたかさんとジュンちゃんにしがみつき、最後に先生を抱き締めた。
また会えるのに、涙が流れた。
ここで自分の生まれを知った。
大事な人が誰だか判った。ありがとう。
るうさんの青いくるまに乗り込む時、真っ青でからりと晴れ渡った空を振り返った。
+++++++++++
来た時と同じ道をのんびりくるまは帰っていった。
くるまの中でオレ達はらじおから流れる歌を片っ端から陽気に唄った。
喜びに溢れた愛の歌が流れると銀はオレの瞳を覗き込み、言い聞かせるように明るく唄った。
言葉が判らない時は適当に作ってメロディに乗せた。
ゆっくり流れる愛の歌はオレが銀を見詰めながら噛み締めるように唄った。
そして曲が終る度に小さくキスをした。
るうさんはやかましいとか破廉恥だとかわめきながらもらじおを消してしまう事は無かった。
最後の家族の旅がずっと続けば良いと願い、いつまでもオレ達はオレ達のために唄った。
++++++++++
辺りがオレンジ色に染まる頃、帝都の懐かしい丘が見えてきた。
こんな景色の中、銀と黙って丘を登ったりした。長いのぼりをかける棒も見える。銀に追われた裏庭にくるまはがたごと言いながら止まった。
丘から見下ろした帝都はやっぱり綺麗で、悪魔さんの教会や皆のいるお城が見えた。オレは息を深く吸い込んだ。
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