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ショウマストゴーオン 40
ショウマストゴーオン 40
監理局を通ってきたのですぐに判ったのか、次の日にはケンイチとヒロが遊びに来てくれた。
「ずっとるうさんの授業がなかったので楽だった」
とヒロがけろりと言ったので皆で笑う。
高原と違って帝都はだいぶ戻っていなかったので、ヒロもケンイチも少し大人になったように見えて眩しかった。
「またどこかへ行こうよ」
ケンイチの誘いにオレは頷いた。
それを叶えるのはきっと次の自分だと思うとちっともったいないと思ったけど。
前のオレがオレに残してくれたもの、記憶の代わりに残してくれた形あるものを、全て次のオレに渡してあげようと思った。
その夜は悪魔さんとてっちゃんが来た。てっちゃんは少し髪が伸びて大人になっていた。
皆は判らなかったみたいだけど、流石に悪魔さんはお見通しだったようだ。
「どうした、養生しに行ったんじゃなかったのかよ。いのちが透けて見えるようだぜ」
悪魔さんは詩人だなと思った。
オレは悪魔さんには正直に話した。
高原で自分の再生の事を知った事。
るうさんの恋人を知った事、
魔界へ行った事、
皆に会ってきた事、
銀と一晩過ごした事。
悪魔さんが自分の魔力の事知っているかは判らなかったから省いたけれど、 流石に知らない訳はないみたいだった。
「まあ、長生きが全てじゃないしな」
悪魔さんがオレに言い聞かすようにじっと見詰めて言った。
悪魔さんが言うと、それはとても深い言葉に思った。でも、悪魔さんは長い時を越えて神父様という恋人を待っていた。
そうしなくて良い方法もあったろうに。
悪魔さんはきっと神父様の寿命を短くしたのは自分だと思っているのだろう、だから贖罪のつもりなのかもしれない。
「悪魔さんは、てっちゃんの事好き?旦那にするの?」
悪魔さんは面食らった顔をして、次に天井を睨みうーんと唸った。
「判らない」
愛を向ければどうなるか、お前は判っているだろう、と言いたげにオレを睨んだので、オレは少し微笑んだ。
「きっとてっちゃんはそれでもいいと言うと思うよ。そういうものだよ」
ナルさんも悪魔さんも相手を思うほど、自分の強い力のせいで失うのが嫌なんだろう。銀もいずれ知ればそうなる。
でも当人達が思い患う程、想われるオレやるうさんやてっちゃんは気にはならないのだ。
構いやしないのだ。
それをナルさんに言ってやれば良かったと今更思った。
悪魔さんは偉そうな事抜かしやがってと斜にかまえながらも、
「あいつもそう言った」
と呟いた。悪魔さんの想い出だった。
++++++++++
銀は毎日、殆んどをオレの側で過ごした。明るいうちから飽きるまで本を読んだり歌を唄ったりキスしたりベッドでじゃれたりして過ごした。
「銀、ねえ次のオレの時は無理矢理恋人になりなよ。そしたらもっと早くからこうしていられるから」
「うん……」
腕の中でオレが言うと、銀は複雑な顔で曖昧に頷いた。
「ここにノオトはしまっておくからね。見てもいいよ」
オレはベッドの脇の引き出しの一番上を叩いた。
そのノオトはかなりの厚みがあったのだけど、今では殆ど埋まってきてしまっていた。そこにオレの、オレでの人生が大体書かれていて、銀との出来事がたくさん詰まっていた。それを、オレは自分の満足のためにではなく、遺していく銀のために置いておくことにした。
るうさんは、高原にいる時は割りと健康的な生活をしていたのに、お屋敷に戻ると、再び昼夜逆転の生活に戻ってしまった。
それは、「壊れない人形」を造るための研究に戻ったという意味合いだったけれど、オレ達は気付かないふりをし、そんなに無理をして、自分の身体を壊したりしないでよ、と密かに案じた。 夜るうさんが起きてくる前に身支度を整えて晩御飯を作る。
そう、だいぶ上手にご飯も作れるようになった。オレはいつの間にか掃除も洗濯も失敗しない程度にはできるようになっていた。他の人から見たらまだまだなのかもしれなかったけど、オレはこの人生で確かに少しは成長できたのだった。
駄目な人形ではないんだとオレは自分を少しだけ、大事に思った。
「銀」
呼ぶと銀はこちらに顔を向けた。手は煮物をつついている。
「銀は、本当の名前はなんていうの?オレがつける前の名前があるんでしょ?」
少し勇気が要った。
オレは銀て名前がぴったりだと思ったけど前の名前の方が素敵だったらちょっと悔しい。
銀はぽけっとオレを見詰め質問の意図を察したようで意地悪そうに笑った。
「なんで?」
「だって」
昔の名前の方が気に入ってたのならやだもん。銀はすいと顔を寄せオレの右耳に囁いた。
「『銀』だよ。おれは魔界では誰とも居なかったみたいだから当然呼ばれる名前は無かった。ここへ来て初めのケイがつけてくれたんだって、るうさんが教えてくれた」
向かい合って銀はにかっと笑った。オレはただそうなのかと思った。
ただ、そうだったんだな、と想った。
るうさんが起きてきて三人で晩御飯にした。
銀はるうさんに箸の持ち方が下手だとバカにされて、むくれてフォークで食べ始めた。その様を見てオレは無性に可愛く思って箸で色々口に持っていってあげた。銀はフォークは上手に使えるようになっていた。
てれびを見ながら三人で笑った。
オレ達の笑い方はそっくりで、笑いどころが同じだった。楽しい晩餐だった。
オレ達は、確かに一緒に暮らしていたんだ。
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