ショウマストゴーオン 7

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ショウマストゴーオン 7

ショウマストゴーオン 7 春になると、 龍も春めくらしい。 梅が咲き、桃や菜の花が咲き、 ついに桜も咲き始めた。 オレが嫌だというのに、るうさんが、 「たまには小綺麗な格好をしてみるが良い。案外似合うかも」 などと、青空のようなひらひらした綺麗な着物を持ち出してきてオレに無理矢理押し着せた。 今更めかしこんでも別に客が来る訳でもなし、胸のあたりが締め付けられて何だか苦しい。それでもすぐ脱ぐとるうさんが不機嫌になるだろうから、オレは庭に転がり昼寝をしていた。 銀はオレの側に座りばりばりと先程から腕をかきむしっている。見ていると、何か貝殻のようなものがぼろぼろと零れていて、それは良く見ると銀色の鱗だった。もしかして、蛇みたいに脱皮とかするのかしら……。 オレが見ているのにも気づかず、今度はるうさんの花壇に咲いていたチューリップをむしってもむもむと食べ始めた。 ケモノだから、おかしな動きをするのは仕方ない。 しかし、るうさんの花を食べるのはちょっと問題だ。オレは怒り狂うるうさんを想像し、慌てて銀の手から花を取り上げた。 銀の手から花を取り上げると、銀は久々にまた判らない言葉で怒ったように何事かぶつぶつと言った。 けれど、ふとオレの顔を覗き込むとやや驚いたような顔をし、そろそろと擦り寄ってきて物欲しそうな目をした。 オレは、そのとたん身の危険を感じたが、既に遅く、銀はオレの着物の裾を手繰り寄せながら、 「お着物だから、るーうさんかと思った、ごめんね。ケイにとっても、似合うよ。とーっても綺麗」 と、オレを押し倒してきた。 今まで一応我慢してきたものが、陽気のせいでいよいよ奴は見境が無くなってしまったらしい。 銀がじれったそうに乱暴な手つきで帯をほどこうとするので、オレはぎゃあぎゃあと騒ぎ、手元にあった金物のじょうろで銀を殴った。 すると、銀は派手に転がり、オレから退いたので、ほっとしたのも束の間、オレらは花壇に倒れこんだ模様で、るうさんの花はますます踏み荒らされたような惨劇と化してしまった。 うんうんうなっている銀はともかく、オレは真っ青になって花壇を見詰めた。 オレはあわてていびつに変形したチューリップや水仙を起こし、ぎゅぎゅと土を固めてみた。するとどうにか銀が食べてしまったもの以外は外見は元に戻ってくれた。 銀はオレの一撃でも春の病が治らぬ様で、オレの背中の土を払いながらまだじゃれついている。 「わあー、ケイ、お着物ちょっと汚れちゃったよー。るうさん怒るかな~」 と、銀が怖ろしい事を平然と言ってのけるのでオレはうっかり泣きそうになった。花壇も着物もお前のせいじゃい! オレはるうさんが花壇を見に来て怒り狂う様を想像して眩暈がした。 るうさんはもうオレにたまご焼きを作ってくれないかもしれない。 もう怪しい魔術や踊りを教えてくれないかも。 もうこんな悪い子はお家には要りませんって言われたらどうしよう。 「ケイや、お前その帯解いてしまったのか?綺麗に着ておれと言ったろう」 その時、徹夜明けで爆睡しているはずのるうさんが何故か後ろに立っていて、大きな三脚の上に箱が乗っている不思議な道具を担いでオレ達を見ていた。 すると、頭がぐるぐるとなり立ち竦んでしまったオレを庇うように銀がるうさんの前に立ち、 「ごめんねぼくが転ばせちゃったの」 と謝った。 確かに、こうなったのは銀のせいだ。しかし、それでもいざという時助けてくれるのはやっぱりぐっとくるものだ。 銀の言葉に少し眉根を寄せると、三脚をこちらに向けて置き、るうさんはつかつかとオレに近づいてきた。 そして後ろに回るとぎゅうぎゅうとまたきつく帯を整え、 「仕方が無いな、写真を撮ったら着替えるが良い。怪我はさせなかったな?」 と銀を咎めた。 銀はうん、と頷きながら小さくオレに笑った。 るうさんは、何かに使うのか、花壇を背景にオレ達の写真を撮りたいらしい。るうさんは居間にあった椅子も運んできて、その両脇にオレ達を据えると後ろの花壇をじっと見詰めた。 オレはひやひやしながら銀と顔を見合わせてその様子を眺めていると、 何と、 先程折れた赤や黄色のチューリップをるうさんはむんずと掴み、ちょん、とはさみで茎を切ってしまった。 そして綺麗な紙でそれをくるむと、仰天しているオレに花束を持たせて、 「澄ました顔でしばらくじっとしておるのだぞ」 と箱の後ろに回ったかと思うと、急いで椅子に戻って自分もおかしい位澄ました顔をした。 やがてぱしりと光が走り、下から紙が落ちてきた。そこにはなかなかいい感じでオレ達が写っていて、それをるうさんは満足げに見ると、 「さて、もう良いぞ。着替えて好きなだけ遊んでおれ」 と一言残すとすたすたと家に入ってしまった。 オレは気が抜け、その場にへたり込んだ。 銀は今度はオレの着物の裾を食み始めている。 今日もいい天気。
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