ショウマストゴーオン 1

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ショウマストゴーオン 1

ショウマストゴーオン 1 誰かが呼んでいる。懐かしい声だ。 ここは暖かくて、居心地が良いものだから、オレはまだ目を開けたくないのだが、その呼びかけた声の主だろうか、オレの腕をさかんに引っ張る奴がいる。 仕方が無い、目覚めてやるか。 ぱかりと目を開けると、そこは古ぼけた屋敷で、怪しげな魔術の道具や生贄にでも使ったのか、人間の腕や足やらが無造作に放り出してあったりする。オレはどこに居るのだろう? 「五体満足だな、ケイよ」 声をかけられた方を向くと、浮き立つような派手な着物を着た小柄な美人がいる。 短い茶色の髪は猫毛のようにふわふわしていて、見た目は可愛らしいが、表情は乏しく、美人はつかつかと近寄ると、オレの身体をべたべた触り、見回すと傍らの椅子にかけてあったローブを投げてくれた。そこで、オレははじめて自分が何も着ていない事に気が付いて、消え入りそうな程気恥ずかしくなった。 美人はそんなオレの様子に一人納得したように何度も頷き、 「感情もちゃんとあるな。よしよし。お前は私が作った自動人形なのだ。これから作り主の言う事を良く聞いてしっかり働くのだぞ」 とてきぱきと言い、奥間へオレを連れて行った。 オレはケイという名前らしい。そして人形なのだという。 奥へ連れて行かれると、そこは誰かが前に使っていたように洋服や雑誌が出しっぱなしになっていた。この屋敷には、この美人の他に人が住んでいるのだろうか? 「この部屋を使うように」 美人は、クローゼットを勢い良く開けながら言った。中にも洋服がたくさん詰まっている。誰のだか知らないが、着ても良いということか。 適当に見繕って着替えをし、先程の部屋へ戻ると、美人は今度は飯の仕度をしていた。そっけない割には世話をする気はあるらしい。オレはおずおずと近寄り、 「お父さんなの?お母さん?」 と問いかけた。すると、無表情だった美人の頬にさっと赤みがさし、はじめてうろたえたような顔をした。 「るうさんだ!るうさんと呼べ」 「さん付けかーい」 すかさずつっこむと、るうさんは更に気まずい顔をし、 「ええいうるさい」 と反論した。親のくせになんだか可愛い人だ。 しかし、その後オレが家事を受け持つようになると、元々古びていた屋敷は汚さを増し、更に古めかしい様相を呈してきた。 るうさんも、仕事に追われてあまり家事をしたがらない、つまりずぼらな人だったらしく、最初居間が綺麗に見えたのは、ごみをキッチンへ移してその場をとりあえず取り繕っていただけだという事に、そのうち気づいた。 その上、オレはまるっきり使えない召使いのようで、自分でも何故こんなへまをやるのか、と思う程の失敗を繰り返した。いわく、洗剤で野菜を洗ってみたり、掃除機をかけるつもりが本棚を倒してみたり。 「お前は……本当に使えないな」 「めっちゃ頑張ってるつもりなんすけどねえ……」 わざとらしく溜め息混じりにるうさんが言うので、オレも溜め息とともに返事をした。 「これでは何のためにお前を作ったのか判らないのだが」 るうさんが綺麗な顔を曇らせたので、オレは一瞬嫌な予感がした。すぐ廃棄処分だろうか。 「ちっこい魔物でも捕まえて式神にでもして、身の回りの事をさせるとしよう」 どうやらまだ生きていられるらしい。 オレはほっとした。 ++++++++++ おどろおどろしい呪文を唱えてるうさんが踊り、魔方陣の中をびしっと杖で指すと、何もなかった空間からころりとヒトガタのものが転げ落ちてきた。 それと同時に風が強く巻き起こり、部屋の中が更にぐちゃぐちゃになってしまったので、オレは怖いやら悲しいやらで泣きそうになった。 見ると、その魔物はまだ若そうで、短い髪がつんつんとはね、外見だけではオレより年下のようにも感じる。 「お前は、今日から私の式神になるのだ。ちゃんと働くのだぞ、良いな!」 るうさんは、魔物にも怯む事無く言い放ったが、相手は聞いていないのか、訳の判らない異国の言葉を叫び、ぎろりとるうさんを睨み上げた。 オレは、場の雰囲気に耐えられず、自分の部屋へ逃げていようと思ったが、案の定絨毯に足をとられ、派手にけつまづいてしまった。気配で二人がオレを見たのが判った。 オレはできることならこのまま這って部屋を出て行けたら、と考えたが、そろそろと起き上がり、思い切って振り返った。 びくびくと足元から魔物の顔を見上げていくと、もろに目があってしまった。 しかし、奴は先程の、るうさんを睨んだ怖ろしい形相ではなく、何故かきょとんとオレを見返している。そして、そのままの顔でオレに近づいて来たので、オレは仰天し咄嗟にドアノブを掴んだ。もしかして、煩くして怒らせたのかも知れない。 「待てケイ!逃げるんじゃない」 しかし、るうさんが叫びオレを止めたので、オレは逃げあぐね、魔物に壁際に追いやられてしまった。 良く見るとなかなか整った顔付きをしている。小僧からいっぱしの男への成長途中のような時期なのだろうか。 奴は熱のこもったような瞳で何事かをオレに話しかけていたが、オレは割と呑気にそんな事を考えていた。第一、話しかけてもらっても言葉が通じないのだから仕方が無い。 しかし、怒らせるのも怖いので、オレは薄笑いを湛えながら、適当に相槌を打った。 すると、奴はますます瞳をキラキラとさせ、不躾にオレの髪に手を入れたり、顔を触ってきたりした。 間近で見る魔物の顔はいかにも小生意気そうでオレはそれだけで逃げ出したい程威圧感に押された。でも何を思ったか奴は突然オレの耳たぶあたりを舐めてきた。その感触に背筋がざわつき、噛み付かれでもしたらどうしようと気が気でなかった。 その光景を見ていたるうさんが、 「お前はケイが気に入ったようだな。もしなら私でなく、ケイの式神にしてやろう。それなら異論はあるまい。この屋敷に残り、ケイと働くのはどうだ?」 そう言うと、奴は嬉しそうに笑い、オレを抱き寄せた。
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