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正臣の一次試験の合否発表は俺の試験の前日だった。
正臣から電話があり、珍しく興奮した声で「受かっていた」と言われ、俺はホッとした。
「良かったねえ」
「ああ。心配かけて悪い。あと夜中呼び出したり」
「ううん。言ったじゃん。正臣に頼られるのは嫌いじゃないって」
「でもお前だって明日が本番なんだから、他人に構っている余裕なんてないだろ?」
「まあね」
そう言いながら、自室の机の上に広げた数学のノートを見た。
右上がりの正臣独特の文字で丁寧に解き方のポイントが書かれている。
俺は他人と言われたことに一抹の寂しさを覚えながら、そっとその文字を撫でた。
「でも前日に正臣の声聞けて嬉しかった。なんか明日の試験いける気がしてきた」
「大丈夫。きっと合格する。あっ、根拠がなくそんなこと言ってるわけじゃないぞ。俺、貴雄が頑張ってたの知ってるからさ」
「ありがとう。あのさ、俺……正臣のことすごく好き」
俺がそう呟いた瞬間、正臣が息を飲む音がした。
「いきなりどうしたんだよ」
「ごめん。ただ伝えたくて。明日、頑張るね」
「うん、応援してる」
電話が切れ、俺は言わなければ良かったと思いながら息を吐いた。シャーペンを握りなおし、問題に取り掛かった。
俺の第一志望の合格発表があった晩。
合格を告げると、正臣は「良かったな」と言ってくれた。
正臣は二次試験は受けていたが、結果はまだ翌週だった。
「貴雄の合格祝いにどこかへ出かけないか?」
正臣は電話口でそう言った。
「えっ、正臣の発表が出てからにしようよ」
「いや、俺も気晴らししたいからさ」
そう言われて俺は、嫌とは言わなかった。
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