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「いっ、妹」
「そうだ。母さんが交通事故で亡くなって、祖母ちゃんと一緒に暮らすことになった。父親と妹と俺の三人で、この祖母の家に越してきたんだ」
正臣がぼそぼそと語り続ける。
「親父は母さんが亡くなってから、目に見えて落ちこんでたよ。仲のいい両親だったからさ。それでもようやく少し元気になってきた頃に、お前の親父が父の会社に怒鳴り込んできたんだ」
正臣が憎悪を滾らせた瞳で俺を見る。
「有希子の書いた手紙のことや、お前に写真を送りつけたことを顧客もいる昼間のオフィスでわめき散らして。そのせいで親父はすぐに部署を変えさせられた。今まで入社してから経理しかやったことのない親父が、夜間の配達業務に回されたんだ。有希子は説得しても聞きやしないから病院に連れて行った。それでも抜け出してお前に会いに行こうと何度もするんだぜ。その度、俺と親父であいつを探しに行ったよ」
「俺、知らない。親父にそんなことをしてくれなんて頼んでない。本当だよ」
そう言って、正臣に縋りついたが、俺の手は鬱陶しそうに払われた。
「でもそれが現実に起こったことなんだよっ。親父は短期間で一気に老けこんで、疲弊しきってた。それである晩、配達の途中、道路の脇の街路樹に突っ込んで……」
そこまで話すと、正臣は仏壇を見た。
俺は正臣の話を聞きながら、叫んで自らの耳を塞いでしまいたい心境になった。
「有希子は親父が死んで、余計おかしくなっちまって、昼夜問わずに騒ぐから、今は入院中。しょっちゅう自殺未遂を起こしてる。俺は親父の葬式の時誓ったよ。復讐してやるって。有希子のことをちゃんと諦めさせられなかったお前にも、俺の親父を死に追いやったお前の親父にもな。だから親父の保険金で無理してお前と同じ高校に転校させてもらったんだ」
俺と正臣の間に沈黙が落ちる。
「最初からこうするつもりだったの?俺と付き合って、写真を父親に送り付ける」
正臣の話で分かってしまった。
昼間俺の家に迎えに来た時に、正臣がポストに俺達の写真を入れたのだろう。
よく考えれば、あんな風に良いアングルで俺達の写真が撮れる人間なんて限られている。
「まさか。貴雄が男が好きだなんて知らなかったしな。ただ俺を熱心に見つめるからそういう奴だってすぐに分かったよ。そりゃ有希子と付き合う気にはならねえよな。お前と付き合いながら、俺はいろいろ計画を練った」
そう言う正臣の態度から、罪悪感は少しもみられなかった。
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