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「じゃあ、なんで付き合って直ぐに俺達の関係を親父にばらさなかったんだよ。一年以上もかけてさ」
「それは……」
正臣が初めて言い淀んだ。
俺は正臣の肩を掴んだ。
「ほんの少しは俺のこと好きだったんじゃないのか?だってそうじゃなきゃ、なんでさっきホテルで俺に愛してるって言ってくれたの?俺が心底正臣に惚れているのは分かってただろ?今更そんな言葉不要じゃないか。それに今だってなんで家に上げてくれたんだよ。ざまあみろって追い返せばよかったじゃないかっ」
「うるさいっ。お前なんか好きになるわけないだろっ。父親を殺した男の息子なんか。いい加減にしてくれよっ」
乱暴に突き飛ばされ、俺は尻餅をついた。
完璧に拒絶されたのが信じられなくて、ふいに笑いがこみあげてくる。
衝動のままケタケタと声をだして笑うと、正臣の表情が曇った。
「貴雄?」
俺は正臣の問いかけを無視して、自分の両手をじっと見つめた。
「ああ、俺には今、なんにもないや」
ふらっと立ち上がると、そのまま俺は走って外に出た。
「貴雄っ」
俺の名前を叫びながら、正臣は追って来ようとした。俺ははすぐ側の小さな路地を曲がると息を殺した。
正臣が辺りを見回しながら、俺の名を何度も呼ぶのを冷めた目で俺は見ていた。
正臣が行ってしまうと、ふらふらと歩き始める。
どれくらい歩いただろうか。
俺は大きな橋の真ん中で足を止め、流れる川に目を凝らした。
黒い波のうねりを見つめながら、消えてしまいたいという思いだけが浮かぶ。
俺は欄干に手をかけると、頭をゆっくりと下に降ろしていった。
第一章了
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