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窓の外には綺麗な夕焼け。
机の上には空のコーヒーカップが2つと、丁寧に置かれたお金。
それは、さっきまでここに泉が居たことの証明だった。
泉からの衝撃的な言葉。
まだ、今も、泉が俺のことを好き?
信じられなかった。
夢も諦めて、ずっと逃げ続けているような俺に、何の魅力があるというのだろう。
ーー10年前の私を裏切りたくなかったから。
その言葉が頭の中で何度も再生された。
泉はしっかりと夢を叶えた。
やりたい役はまだと言っていたが、泉ならきっとできる時が来るだろう。
では、俺は?
10年前の俺は何を望んでいた?
映画監督という夢は、大きすぎるものだと気付いてしまった。
そして夢を諦めると同時に、泉への想いも断ち切ろうとした。
それは自分を守るために。
泉と比べると惨めに感じてしまうから。
……俺って本当に馬鹿だ。
そんな変なプライド捨ててしまえ。
本当は俺、何がしたかった?
高校卒業の時。
声優になったと聞いた時。
取り寄せた雑誌を読んだ時。
居酒屋で再会した時。
そして、今。
俺は、ずっと、泉のことが……。
ガタンという音と共に立ち上がる。
もうこれ以上ごまかすのは、いつも真っ直ぐに伝えてくれた泉に失礼だ。
レジで会計を済ませ、足早にカフェを出る。
夜になろうとしている中を駆け出した。
こんなに全力で走ったのは何年ぶりだろうか。
必死に何かを追いかけるのはいつ以来だろう。
遠くで、ワンピースが揺れる。
「……泉っ!」
振り返った姿を見て安心する。
「卒業の時、ちゃんと気持ち言えなくてごめん。メールくれた時、おめでとうって返さなくてごめん。映画監督って夢、叶えられなくてごめん。大人になってからも、ずっと逃げてばっかでごめん。謝ることばっかりでごめん」
泉に向かって歩きながら叫ぶ。
周りなんて気にならなかった。
「急にどうしたの?」
不思議そうにする泉の表情が見えてきた。
「俺は10年前の俺を裏切ってばっかりだよ。泉みたいに格好よくなれない。……でも、これだけは今言わないと、絶対また後悔するから」
泉の前に立つ。
ちゃんと泉の目を見て、すぅと息を吸い込み、覚悟を決める。
「俺、泉のこと好きだ。10年前も今も。なかなか言えなくてごめん、でもずっと言いたかった」
「……やっと、聞けた」
俯いて肩を震わせる泉。
人目もはばからずに抱きしめる。
「私、ずっと言ってたのに。なのに小林くん、全然答えてくれなくて。……私のこと嫌っていたら、どうしようって……」
耳元から聞こえるのは涙声だった。
「ごめん。本当にごめん。これからはちゃんと言う。……俺は誰よりも、泉のことが好きだよ。俺と付き合って下さい」
泉はようやく手を回してくれた。
俺の右肩にこつんと頭を乗せる。
「……10年間、ずっと待ってたんだから。もう離れていかないで……」
「……うん、約束する。これからは泉と一緒にいる。もう逃げない」
沈んでいく太陽が少しぼやける。
10年前の俺はきっとこんなこと、想像もしていなかっただろう。
夢は叶わなかった。
格好よく泉を迎えに行くことはできなかった。
描いていた未来は何一つとして叶わなかった。
でも今、俺の腕の中に泉がいる。
ようやく、泉に好きだと伝えられた。
10年もかかってしまったけど、やっとあの約束から一歩前に進めた気がしたんだ。
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